こいびと
因幡菫子
あなたは
決してわたしをゆるさなかった
はじまりの
隠しあう接触のぬくもり
黒くながれおちる髪を
手櫛でやさしく梳きながら
洩れる水を袖口に運ぶ
清潔な距離がくれた
まどろみのなかで
あなたの背中に文字を描く
たとえばそれは
生理痛のように鈍い
窒息
し
濁った指先で
謝らせて、それでも
やさしいあなたは
決してわたしをゆるさない
赤黒い海の浜で
たかく積んだ砂の城
触れれば崩れおちるから、と
薄汚い潔癖と
みえない愛撫だけで補って
みえない殴打で
ただやさしく
やさしくころしてはくれないか
爪をすて牙をすて、それでも
ふかい隠蔽の重みに
耐えられず床が軋み
微笑むあなたは
さかしまの細い指で
わたしの首を絞めた
(せかいは清潔なままで)