きつね 二題
オイタル
【アカマきつね】
そのお社は
今は大きなスーパーの駐車場になっていて
たくさんの乗用車が窮屈に並んでは
ふうふう息をついています
(アカマきつねです)
蝉の声が木々に焼き付く田んぼの道を
陽も疲れた夕暮れを背負って歩いていきますと
藍の絞りの手ぬぐいで小さく汗を拭いて
歩いていきますと
風も動かぬでこぼこの道を進みますと
オニオウ参りと言って
リアカーをやっと引けるようなでこぼこ道の行き止まりに
仁王様の小さな祠があってですな
油のような汗を流した一日
背中で夕立の気配を嗅ぎながら
そこを拝みに行くのですが
おまちかね
雨も降ってくるのです
低い空を巨大な雲の影が広がると
かねて用意の
油を塗った唐傘をさして歩きます
雨は細かく堅い音を立てますが
通り雨ですから
それはそこそこ 激しい降りでも
泥はねもさほどでなく
すると やがて
傘にたまった雨だれが
骨の先からぽたりぽたりと
落ちたと見る間
そのひとつぶずつが
ぽおっ ぽおっと
青白く
燃え上がりはじめるのです
きつねだ
アカマきつねです
放り出された唐傘の
くるりと回った
雨の溜まりのその上
激しい雨脚の飛沫の隙間に
白い耳
白い耳が ふたつ
ゆらゆら
【トッカさん】
二股に分かれた幹の間から
夏は深く
雲の谷間をのぞかせる
雲のふもとの
小高い丘の上に
古寺があって
その土手のぽかり口を開けた横穴に
白くて細いきつねが二匹
すんでいたそうです
無数の蝉の唸りを孕み
木の葉は翳る
光の間を水が滑っていく
「トッカさん」と言って
そのあたりの人はそう呼んでいて
時折 近所の肥え塚にも
餌を漁りに来ては
食べ残しを捨てに行く家人と
ぱったりであったりして
目が合うと
しばらくは良い姿勢でじっと
こちらを見ているんですが
やがて
す す と
草陰に姿を
かくしてしまったり
していたそうです
ある日 消防団の若い衆の酒宴で
昼から外で飲んでいた
若い衆のうちのひとりが
酔いに任せて、ずいぶんひどいいたずらを
仕掛けたことがあったそうです
山の方へ次第に濃く滲む夕暮れの闇へと
かわるがわる跳ねて逃げだす二匹の狐は
尻尾の白い影をしばらく残していましたが
ひと声高く鳴くとまもなく影も失せて
それ以来 もう二度と
戻ってくることはなかったといいます
やがて 夜の蒼い雲が
取り返しもつかないほど崩れ
遠くの村の狭い納屋の裏の暗がりで
わんわんの蝉をかじる
片目の白いきつねが一匹