ダイアローグ ー野良猫その3ー
……とある蛙

アンカーに係留されている大型船
岸壁の縁に並んでいるビット
その上に座り俺をじっと見ている猫は
俺を町中からここまで連れてきた。
俺は猫に話しかけた。
ポケットから取り出した小さな煮干し呉れてやって

どうしてここに連れて来たんだろう。
何もありゃしない。
俺はこの街に流れて来たが、今はルンペンだ。

さてどうしたものか

そいつは口を開いた。




ずっと以前からオレは、この港街の風景に溶け込み、適当に食い物を掻攫って生きてきた。人間と仲良くすることなどくだらないと思っていた。
 オレ猫が愛していたものは、気ままな昼寝と鰯の数匹、遊ぶための生きたネズミと眺めの良い高い場所だ。さらに他愛のないおもちゃやぎりぎりに丸まれるせまい袋等も好みだ。

 オレは夢見ていた。ライオンを、草原を疾走するチーターを、ジャングルに潜むジャガーの狩を、あらゆる猛獣の頂点に立つことを


そんなオレが気になる人間が一人だけいる。大した奴じゃない。流れ者の風来坊できったねぇ上着にぼろぼろのブーツを履いて、何やら仕事を探していた。それがおまえだ。
こういう奴から何かを発見するなんてことはありゃしないが。

そんなとき、オレは見えもしない色彩を小さな頭脳に感応した!  ― オレは鳴き声の反響の違いによって色が物体にあることを感応した。さらに、猫踊りだ。本能的なリズムとともに、いつの日か、あらゆる感覚をなきごえにしたいと思っている。

 まず初めは夜だ。オレは、夜の静けさの中で下品な犬どもの遠吠えと違う猫の囁くような鳴き声を風に聴かせた。風は答えてくれた。
  わかるぜぇ、胡散臭い音色

夜の街にはあの忌々しい鴉も、酔っぱらいを除けば偉偉そうにふんぞりかえっている人間もいない。
そこにあるのは港の中空に輝き海面に揺らめく満月だけだ。
あのビットの上でオレは月に向って小声で一吠えした。オレはもうミルクなんぞ呑んでいないぞ。

あの岬の突端の草ッ原で、オレは何が飲めたのか、
一本の松の拉げた老木は松脂しか無く押し黙り、草は海風で花もなく、いつも不安定な曇り空! ―
北の海は暗いだけで、オレがひょこひょこ歩いているのをずる賢い鴉がじっと狙って眺めていやがる。オレは母猫の腹に縋り付こうとしたが、母猫はそのうちどこぞへ消えていった。
何やら、やせ細ってふらふらしながら。

何を飲めたのか? 何もノミはしない。

突然雨が礫となって吹き上げてきた。

泣きながら、オレは空を見ていたが ― 飲めなかった。 ―
空きっ腹には何の足しにもならなかった。

オレは街に出たさ。
 街には子猫好きを自称する薄汚い娼婦がたくさんいて、オレに餌をたんまりくれる。オレは浮かれた。抱きしめられ頬ずりされそのうちリードでベッドにくくりつけられもした。

冗談ジャねぇ!!オレは草原を疾走するチーターやジャングルに潜むジャガーを夢見ていたんでだ。だからオレは隙を見て野良猫になった。猫嫌いの親父に石ぶつけられたり、少し腹が減って、項垂れていると 鴉や鳶に狙われたり、浮浪者が寒さを凌ぐための道具としようと追いかけ回されたり。

たとえ食い物にこと欠いても
オレは満足していた。

だからお前 さもしい顔するなよ。



無表情な黒猫は
ぷいと横を向いて
どこぞへと消えていった。
天空には揺らめく満月
黒い水面に月は無い。


自由詩 ダイアローグ ー野良猫その3ー Copyright ……とある蛙 2011-08-08 11:12:11
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