雪仏
paean

 この季節にはめずらしく、お空の青い日でした。上人さまがいらしったときにはもう、わたしの指先はつよい陽射しにあてられて、だるまのようにずくずくと溶けはじめていました。墨染の衣の上人さま。ずっと待っていたのです。上人さま、粉でもはたいたようなお顔をきょうは薄紅に染められて、塔も堂もない空ばかり、鳥たちの巣へ帰ってゆこうとするなかを、お歩きになっていなさった。ご友人の屋敷のお庭の、ようやく開いた梅をさかなに、お酒もついつい進んでしまわれたのでしょうか。

 大きなおみ足が目の前をさっさと通り過ぎてしまいそうになるのを、わたしはようやく呼びとめました。おや、雪仏。そうつぶやいて上人さまは、この溶けかけた身をどうしたものか、考えあぐねたご様子です。頬の薄紅はにわかに醒めて、もとの白よりなお白くなってしまったようでした。

「こんな日なたに造られて、かわいそうに。きれいな指が溶けてしまっている」
「はい」
「日よけを持ってきましょうか。それとも堂を造りましょうか」
「日よけですって?」

 山あいに半分落ちかけたお日さまが、横飛びに、激しい光を発しています。わたしの手指はとうとう全てが水となって土に染み、あたまも半分ほどなくなりかけていました。黒く濡れた土をながめ、むらさきの空をながめ、おかわいそうに、とうとう上人さまは額をおさえて俯いてしまいました。

「ええ、存じております、雪に日よけをかけたところで報われやしないのは」

「わたしがどうしてこの姿で、この雪仏の姿をして、あなたをお待ち申し上げておりましたのか、ご存じないはずはありますまいに」
「あなたはいつも唐突にいらっしゃるから、分からないのです」
「これで何度目になりますか。十五度目に、なりましょうか」

 わたしの身体はもう、人の形の名残を失くして、ただの雪玉になってしまいました。

「はじめのうちは、法を説いても差し上げました。けれどあなたは許して下さらなかったから、山ほどの雪を集めても参りました。私の身の内に飲み込んで差し上げたことも」
「あれは面白うございました」
「けれどあのときのあなたはどうにも冷たくて、味がなかった」

 ですからわたし、これをいつも携えてあなたをお待ちしていたのです。

 上人さまは袂から切子の小瓶をつまんで取り出されると、その中に夕焼けの色をはらんだシロップが、さらさらと揺れていました。


散文(批評随筆小説等) 雪仏 Copyright paean 2011-08-08 01:07:16
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