履歴書
佐々宝砂

男には三種類のタイプがあって
ひとりはイブに惚れる
もうひとりはマリアに惚れる
残るひとりはリリスに惚れる

というのを私は15歳のとき何かで読んだのだが
そのときすでにじゃあ私はダメだとあっさり結論づけた
不様に長い制服のスカートをばたばたさせ
自転車漕いで図書館に通いつめ
誰もいない天文部部室兼天文台でこっそり煙草を吸い
夜は夜で借りてきた美術書や詩集やマンガに見入る
そんな私がイブやマリアやリリスでありうるはずもなく
要するに私は私であり
特に不自由はしていなかった
しかし自分が何者であるかは見極めたくて
15歳は15歳なりに日記に書きとめた

女には三種類のタイプがあって
ひとりはアダムに惚れる
もうひとりはカインに惚れる

と そこまではまあいいとして

じゃあ残るひとりは誰に惚れるんだろうと考えたが
そう急に結論が出るものではなかったし
15歳なりに私は多忙だったので
それきり続きは書かなかったが
頭のすみっこには残っていた

しばらくして私はカインに出会った
世界は奪われたのだと信じるカインの言葉は激烈で
おかげで私の世界も半分かたなくなってしまった
私はリリスになろうと決意して
カインとふたりで世界の半分を荒らしてまわった
ヘリコプターで薬を散布し爆弾を落とし
焼け落ちた建物の前に汚水をぶちまけた

カインは私を必要としていた
それはそれで悪い気分じゃなかったが
カインと一緒にいるのは疲れた
というよりもリリスでいるのは疲れた
化粧品代と衣装代がかかりすぎた
それで私はカインから離れようときめた

あいかわらず世界の半分は失われたままだったが
まだ残っている半分に目をやると
そこにアダムがいた
いつからいたのと訊ねたら
もう十年もまえからいるというので
記憶を探ったがどうしても思い出せなかった

アダムには母親がいなかったので
私はマリアになってみようとしたが
端的に言って無理だった
しょうがないからイブになってみた
世界はやっぱり半分しかなくて
アダムは半分だけの世界に一生懸命しがみつき
カインが荒らした畑を耕しこつこつと家をつくった
私はその畑と家を心から愛した
私にはアダムが必要だった

そういうわけで私はアダムといて満足だったが
イブでいるのは退屈だった
私はリリスだったこともあるんだぞと息巻いてみたが
杉の梢にさむい風が吹くだけだった
イブかリリスかマリアか
そもそもその三つしか選択肢がないなんてあんまりだ
私はやっぱりイブやマリアやリリスでありうるはずがなく
要するに私は私だと再び息巻いたら
アダムが怒って出ていった

もしかしたらアダムはアダムじゃなかったのかもしれなかった

ひとりになったので身軽だったが
やっぱり世界は半分しかなくて
しかもその半分はカインとリリスのせいで
つまりは私のせいで荒らされていた
焼け焦げのある材木にすわり
アダムの家を懐かしんだがもう遅かった
どうしたらいいか全然わからないから
昼は昼で雲の流れをみてすごし
夜は夜でうつりかわる星をみていた
どのくらいそうしていたかわからないけど
あるとき廃墟の埃をまきあげながらあなたがやってきた

あなたは誰?
さあわからない。
きみは誰?
忘れちゃった。
天文部の部室で煙草を吸ったことがある?
体育館の裏手で吸ったことならあるよ。
星がきれいね。
雲もきれいだ。

半分しかない世界であなたと私はただながいこと空をみていた

そろそろ出かけようかとあなたが言う
異論は特にないから
おべんと持ってウイスキー持って
半分しかない荒野をふたりで見渡す
アダムでもカインでもないあなたがいったい誰なのか
ちょっとわかった気がしたけど
あなたには内緒にしておこうと思う


自由詩 履歴書 Copyright 佐々宝砂 2004-11-16 17:14:25
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