幽霊に花束を
北大路京介


奈々子さんが亡くなった。交通事故死らしい。

奈々子さんは、人懐っこく暖かい笑顔が印象的な清楚系の美人さんだった。
彼女は兄の友人で、私が最も好意を抱いていた女性であっただけに
彼女の死は、たいへんショックだった。

「またあの交差点での事故だ。こんなに事故が頻発するのはおかしい。
きっと何かあるんだろうね。 妖怪だ幽霊だといったオカルト的なことでなく、
科学的に観ても事故が頻発する何らかの理由があるはずだ。」

あそこで死亡事故が起こる度に兄は毎回同じようなことを口にする。

"あそこ"とは町はずれの怪奇スポットとしても有名な交差点のことだ。
地名から、かつて風葬の地であったことが分かる。
飢饉のときには屍の山ができていたとも伝えられている。
また、疫病などの災いが冥界からくるものとして、この交差点に石を積んで防ごうとしたこともあったという。
「この世とあの世を結ぶ交差点」と呼ぶ者もいる。
兄からオカルトうんぬんの言葉が出るのは、そういった歴史的背景がある。

交差点付近一帯には、八千とも九千ともいわれる数の石仏がある。
この地に葬られた人々のお墓として、信仰心の熱い人達によって石仏が集められたそうだが、
何度も繰り返される怪奇現象を成仏できない霊魂の仕業と考えられて、
鎮魂のために次から次へと石仏が置かれたとの説もある。

四方八方見渡すかぎり石仏だらけの景色は一度見たら忘れられない。
しかし、ネットで検索してもその景色を見ることはできない。撮影・録音が一切禁止されているからだ。
たとえこっそり撮影したとしても心霊写真のように不思議な影や光が映り込み、まともな写真が撮れないという。
また、Webサイトにアップロードしようとするとエラーが起こったり、データが壊れたりすることもあるとか。
ちなみに私は、心霊写真を撮るために多くの人が集まるから撮影禁止になったという説を一番もっともらしいと思

っている。
録音に関しても、怪奇音が録れるとか、録音したものを聞き
亡くなった人がいるとか、たくさんの噂がある。


もう一度 奈々子さんに会いたい

非科学的なことは信じないほうだ


幽霊でもいい 彼女に会いたい

私は事故のあった あの交差点へ向かうことにした

あそこへ行けば もう一度 彼女に会える気がして



供える花束を手に あの交差点へ
空気が重たく冷たい
出そうな感じ
まだ幽霊らしいものには会ったこともないけれど
出そうな感じ そんな感じ

交差点の角に 花束を供えて手を合わせる

奈々子さん・・・


奈々子さんの幽霊に会えそうな気がして 会えるような気がしてたけど

綺麗な色気のある霊に出てきてもらいたいなぁって思ってたんだけど

なんにも出てこないし見えない見えない

なにも見えないのが普通なんだ。何も見えなくて普通なんだ。
と自分に言い聞かせるようにして その日は、うちに帰った。


一日経ち、二日経ち、三日目の夜
びっしょり寝汗をかいて目を覚ました。

目は覚ましたけれども身体は動かない。
ああ、これは金縛りというやつかと再び寝入ろうと瞼を閉じた。
 
かいた寝汗が気持ち悪い。
虫の鳴き声が聞こえる。
虫の鳴き声に混じって、かすかに念仏を唱えてるような低い声も聞こえてきた。

なかなか寝入れない。
寝返りを打とうにも身体は動かない。

耳元に誰かの息が吹きかかる。
その気配が生きた人間のものではないことが直感で分かった。

「な、菜々子さん?!」
そう言いたかったけれど、口も開かないし、声も出ない。

胸と肩に重みを感じた。腕でもまわされたのだろうか。

奈々子さんの霊ならば、何をされてもかまわない
奈々子さんの霊ならば、一目見たい、話したい


ゆっくり瞼を開くと
そこにあるはずの華奢な腕はなく、
ガッシリとした男の太い腕がまとわりついていた。


奈々子さんじゃない


「 花束をありがとう。僕が死ぬ3日も前から 」



自由詩 幽霊に花束を Copyright 北大路京介 2011-08-06 19:48:16
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