線香花火
nonya
逃げ場をなくした熱気が
重く澱んでいる夜の底で
線香花火に火をつけると
涼やかな光の飛沫が
覚めやらぬ地面にほとばしる
しつこく素肌に絡みつく
湿り気を含んだ風の端に
弾き出された光の雫を
ぼんやり眺めているうちに
意識は過去へとさかのぼる
消え惑う仄白い煙と
後ろめたい火薬のにおい
汗ばんだ細いうなじに
頼りなげにはりつく後れ髪
華やかな光に揺らぐ
君の横顔からは微笑みさえ消え失せて
青白く縁取られた
ふたりの影は闇の重さに耐え兼ねて
漂う終わりの予感は
告げるべき言葉を飲み込ませて
線香花火を眺めるだけのふたり
どちらかがついた溜息
火玉が
落ち
た
湧き上がる子供達の声
此処に連れ戻された僕は
慌てて下手な笑顔を作りながら
小さな手に花火を渡す
照れ隠しに見上げる
星も疎らな夜空
電線にひっかかったままの
少しだけ欠けた月
君はたぶん
思い出すこともないのだろう
ふたりの最後の夏を