観覧車
長押 新
観覧車が太陽と同じ様に空にへばり付いている。観覧車、観覧車の籠が、観覧車の車輪状の手足が、回転している。
辺りは太陽が燻っているかの様な厭な匂いがする。或はオレンジ空にありありと浮かぶ籠が燃えた後なのかしら。燃え滓、鉛を練り上げた様子の黒い観覧車と私達の歩いている一本の道の他何も動いていない。静寂。私の蹴り上げた砂利が沈黙した砂利にぶつかっては弾けていた。
私と妹は殆ど眠らずに故郷を探し歩いている。故郷が何処に行ったのかは見当も付かない。何も無い処を歩いて来たが、こんなに寂しい処は他になかった。私の故郷は夏だと言うのに此処は秋ではないか。全く可笑しな話だ。肌寒さから後ろを追いて来る妹が気になる。
腫れた瞼を擦りながら一歩半、妹は疲れて果てている。無言のうちにまた一段と深く染まる観覧車と私達。妹の其れだけを確かめると、妹から目を離す。正面を向き直して顔を上げた。眩しい。観覧車にぶら下がる男が居る。ロープに首を入れて振り子の様にだらんと揺れている。オレンジ空に黒く浮かび上がり長過ぎたロープが風を受けて揺れている。頭を垂れた其れが、男だとすぐに判ったのはどういう事だろう。男が誰であるのかもすぐに判った。私は振り返り、だみた男の様な声で、見たのか?と尋ねた。男は回転していく。妹が急に他人に変わって仕舞った。まるで其れを見る為に顔を上げたみたいに、ああ、畜生目を反らさなければ私には人が死ぬ瞬間が見れたのに!拳をぎゅうと握り絞める。握り絞めた拳が微かに揺れた。顔が火照る程の嫉妬の情が拳を震わせていたのだった。
妹は細い声で空の観覧車について不思議だと言う。不思議なのは其処から伸びたロープだ。ロープから伸びた体だ。私と妹とは、一股に山を二三越えるかの如く走った。窪んだ砂利道から草原へ出ると、枯れた草がまだ浅い色をして、金色にも見える。まるで造花だ。観覧車からロープを首に括った体が激しく、けれども痛みも見えずにゆらゆら揺れている。妹の喘鳴が響くばかりで風の音も無い。非道く残忍だった自分の考えに興ざめしたためか、真下に向かう足を緩めた。黒塗りの体が揺れるのが光に因って尚はっきり浮かび上がり、滴る体液が高く落ちて来る。男の中には消化されないまま残った飯が詰まっている。私は眺めていた。男の腹を。
彼の腕が指先から降り落ちる。全身が痺れる。振り子の様に揺れる彼が、ちぎれ契れに降っている。男は回転しながら、注がれる。彼の腕が土器色だったのが、網膜にへばり付いて拭えない。空にへばりついている太陽。故郷、其れから腐葉土に似た臭いがする。湿り気の無い草原の中、妹の腕を掴み引っ張るように走る。飛び散る。その度、地面から飛び上がる。まるで自分が死ぬ様な、悪寒が止まらない。私と妹が走っている。太陽のせいか黒々とした私達。中身が散らばった体がいそいそと土に成り、土が波を打つ。波に足を取られ、転倒する。口の中に入った粒が騒がしく弾ける。そうして私の故郷が、振り返る。観覧車にはロープしかない。男の熟れて歪んだ顔を見た時、痛みが起こった。