縁族
砂木

山すそに嫁いで間もない頃は
会社から帰って玄関を開ける前に
そっと結婚指輪をみつめた
関所を越える前の通行手形
新姓と共に 自分で選んだ道
でも まったくなじみのない夫の家族達
ただいま というのも緊張した

お帰り と 義祖母が家の奥から応える
義父母も夫も義妹も まだ帰ってこない
とりあえず着替えてと 廊下から階段をみると

蟹がいた

山に暮らす覚悟の私ではあったが
何故 家の階段を蟹が歩いているのか
蟹とは 海の生き物ではないのか
何が起こっているのか理解できずに
幼稚園児のように バタバタと走り
おばあさんおばあさん 蟹が 蟹が と
ぎぁあぎぁあ 騒ぎまくり
蟹より そんな私にびっくりして
おばあさんが 笑い出した

なんだ 見たことないのか 沢蟹だ

沢蟹 山の川辺に生息する
清水と共に 山を降りてきたのだろうと

そんなことは聞いた事もないし初めてだったが
山にも蟹がいるというのは 私の興味を引いた
沢蟹を ちりとりに乗せ 外にだしつつ
沢蟹の話をおばあさんから聞いた
夫が子供の頃 うるしで肌がかぶれると
蟹をつぶして塗りこんだとか
それから夫の子供の頃の事とか
昔の思い出話など聞いていると 緊張も緩み
山という見知らぬ自然に対する魅力にも目覚めた

血はつながらないけれど 縁あってつながる人達を
縁族 というんだよ いつだったか 
東京で空襲をくぐりぬけ 他人の子の面倒もみてきた
おばあさんが 里芋の皮を一緒にむきながら言った
おら(自分) と おめ(お前) も 縁族だ

家族と言いながらも ぎこちない顔ばかり
私はしていたのかもしれない 
今もしているのかもしれない
それでも今こうして思い出すと 
楽しい事もあったのだ

金属アレルギーにまけて 結婚指輪は 外してしまった
皮膚が赤くなっても 我慢していた時もあったが
もういい と

沢蟹も 人間の家に迷い込んで途方に暮れていたんだろう
それとも来たばかりの私へ 遊びに来てくれたのだったろうか
山も山の生き物も 不思議な縁を私にくれる 思い出も 夫も









自由詩 縁族 Copyright 砂木 2011-07-31 14:38:25
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