水面下での戦い
三条麗菜

もう終わりなのだと
言われても
私という人間は
顔では笑っています
それはとりあえず
同意の笑いです
あなたとの関係を
壊さないための笑い

すぐに終わるわけでは
ないのですから
とりあえず先延ばしに
しているのです

とある水面下では
日々恐ろしい戦いが
繰り広げられています
暴れ回る竜は日に日に
手がつけられないほどになり
もし水面に浮かび上がり
口から炎を吐いたなら
あなたは死ぬのです
あなただけではない
この世の一人残らず死ぬのです
兵士たちは水の底から
竜が浮かび上がるのを
必死に食い止めています

竜が水面すれすれに来ると
射し込んだ太陽の光で
その鱗が一枚一枚
青緑の金属のように光ります
その美しさは息を飲むほどで
もし水面から上がり
直接太陽の光を浴びたなら
もう誰一人目をそらすことは
できないでしょう
無数の光を抱く
女神のようになるのです
私が……
ああこの私が……

でも竜は決して
水面に上がっては
いけないのです
決して……
決して……
人が死ぬからではなく
私が人間でなくなるから

あなたに笑顔を与えた日
帰りに独りで寄った
ドラッグストアで
一本百円の
液体クレンザーを買って
これからキッチンの
シンクを磨きます
思い切り磨きます
美しいという言葉が
思わず出るほど



自由詩 水面下での戦い Copyright 三条麗菜 2011-07-28 00:07:40
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