午後の化石
たま

八月
隙間のない日差しが街を埋めつくして息をとめた地上
の生きものたちは白い化石になるだろうか

昼下がりの昆虫のように日差しを避けて地下に逃れた
人びとの背にうっすら
あの日の地核の影が宿っていたとしても
その足をとめて大理石の柱と語りあう人はいない

アンモナイトの正中断面に浮き出た隔壁を、ひとつ、
ひとつ指でなぞる 
足元には四射サンゴの群体だろうか
白い小花が群れて咲き乱れるようにうつくしい
しんと冷たい大理石は、わたしの指先の記憶のなかの
愛しい体温を少しずつ奪う


 どこにいるの?  

Hからメイルが入る

 東銀座の地下だよ。どうしたの

 パソコンこわれた

壊れたのはディスクではなくてモニタだった
17インチの中古品を買う

 わっ、まっぶしいい!
 
Hの幼い笑顔が液晶のようにかがやいた
そういえばHの部屋のパソコンが開いているところを
見たことがなかった
 
ディスクトップには裸のファイルがびっしり、無秩序
に散らばっていた

 あのさぁ、フォルダを作って整理したほうがいいよ

 あたしフォルダって知らないしめんどくさいのいや

 なんだろなぁ? 日記かな・・
 開いてもいい?

 だめっ!

 あっ、ケチだなぁ
 モニタ買ってあげたのに

 そっかぁ、じゃあ、ひとつだけね


伏せたトランプをめくるようにカーソルをあてると
ウィンドウズワード2002が開いた
  
それはHが書いた詩だった


  人 間

 ひとはね
 ひみつが多いいきものだから
 間がいるの
 間がなかったら息がつまって死んじゃう

 でもね
 手をのばしたらとなりのひととつながるの
 とおくはなれた街までつながるの
 小鳥や仔馬とだってつながるよ

 まほうの手をもってるの


ふたりは互いの素性をほとんど知らなかった
ひみつにしとこ ・・
それがHの口癖だった

 ねぇ、だいて ・・。

Hのまほうの手がのびてわたしの首にからみつく
エアコンを切って身ぐるみ脱いでふたりの体温の差を
たしかめあって、冷たい方が下になる
めずらしく今日は、Hが上だった

なめらかな起伏を押しつぶすようにわたしに身体を預
けて、Hはすべての隙間を塞ごうとする
そうして、地殻のマグマをもとめてふかく深く、どこ
までも攻めぎ合うふたりのプレート

やがて、あふれでるものに閉じこめられてふたりは、
午後の化石になる


 なぜ詩を書くの?

 わかんない
 ときどき、不安だったりするからかなぁ

 ずっと、そばにいようか

 んー、

一瞬、Hはうつむいて手のひらに視線をおとした

 でも、あたしすき間がないと生きていけないから
 このままがいい

 ぼくは、きみとくっついたまま化石になりたいなぁ

 化石・・? やだぁ、そんなのぉ!
 あたしはね、パワーストーンになりたいの


そうか
きみはわたしのパワーストーンだったね

ありがとう


隙間のないこの街に、今夜も星は降らなかったけど
どこか遠くで蝉が鳴いていた









自由詩 午後の化石 Copyright たま 2011-07-26 16:07:43
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