俺の空
yumekyo
俺の空は 曇り
明日も 明後日も 一週間後も 曇り
1ヵ月後も 1年後も 10年後も 曇り
雨も降らねば 日も差さず
予報士要らず
「いい加減に国民年金払ってくださいよ」
いきなり喧嘩腰で訪問してきたオッサン
手には計算機のような ガイガーカウンターのような
不思議な機械を持つ
「その人は俺の前の住人でここから出て行った」
見れば判ることを説明すると
「住民票をここに置いているんです」
謝りもしない
住民票をおいたままどこかに消えてしまう
この国ではよくあることなのだとオッサンは言った
対象者は俺と同じ年頃の女だった
原子力発電所から放射能が漏れました
ただちに影響はないでしょう
年収300万 男 独身 独居 三十路です
ただちに飢えることはないでしょう
ただちにどうにもならないのであれば
両親も兄弟も友人も役人も警察もマスコミもルポライターも
誰一人あいさつにすら来ない
俺の携帯はもう何ヶ月も鳴らない
毎日 俺が仕事の帰路に寄る
24時間スーパーの食料品売り場は
まともな家庭ならもう食事はしないであろう時間に
漸く半額のシールが貼られるのだ
半額のシールが貼られた惣菜 握り寿司 巻き寿司
最近はありとあらゆる年代層の男女の指が無数に伸びる
温もりを作り出すのではなく
作り出された温もりを求めてただおろおろと歩く
指輪を知らない指たち
俺が子供だった時
大人たちは 向き合っている今をいかに美しく永久に変えるかを
語り合い 競い合っていた
俺が大人になった頃より
大人たちは 向き合っている今からいかに美しく左様ならするかを
語り合い 競い合っている
二十年も経済的に進歩しないデフレスパイラルのこの国では
過去の約束の重たさは時の経過に比例して大きくなるものだから
大人たちは いかに美しく左様ならするかを
語り合い 競い合っているのだ
金の切れ目が縁の切れ目 縁の切れ目が命の切れ目
縁が 縁が恐ろしい勢いで
断ち切られぶち割られ叩き壊されている!
幾重にも絡まり悠長なやり方ではほどけない腐れ縁には
時限爆弾が持ち出されて粉々に破壊されている
俺の空は 曇り
明日も 明後日も 一週間後も 曇り
時に 一瞬だけ日が差した奇跡の事を思い出す
相槌のかわりに小さな口元を僅かに緩めるだけの
恋人と寄り添えた奇跡の事だ
蜜月はほんのわずかで終わり
別れ際に 彼女は四角い包みを俺に渡してくれた
埃ひとつなくクリーニングされ
丁寧に折りたたまれた 俺の曇り空
安酒屋でもパチンコ屋でも本屋でも
俺の曇り空を一時だけ預かって洗ってくれるのは知っている
ただ どうしても支払が追いつかないものだから
中国製の缶詰をまぶし韓国製の発泡酒で濯いで
無理やり自分で手洗いしている
愛国心? 愛社精神? 社会的責務?
誰がほざく? 口臭 臭ぇんだよ
荘厳な題目唱えてふんぞり返る
役人 マスコミ ジジイども
エアコンの効いたデパートでブランドを買いあさり
専門店で旨い肉を喰らう
時給800円の若者に駐車場の旗振りをやらせて
排ガスぶっかけて走り去る
誰がほざく? どの口がほざく?
気紛れに俺が殴ってやるよ
年収300万 男 独身 独居 三十路です
新車もマイホームも有価証券も買うことができません
愛も心も体も歓心も買うことができません
両親が 女が 社会通念とやらが
男なら持っておくべきという いかなるものも買うことができません
しかし ただちに飢えることはないでしょう
俺の空は 曇り
雨も降らねば 日も差さず
前に住んでいた 俺と同じ年頃の女のように
うまく闇に消えることができないものだから
とりあえず 生きている