蜻蛉の空
yo-yo
夏はとつぜん、空から襲ってくる。
風がきらきらと光って、薄いガラス片の、トンボの羽が降ってくる。
少年のこころが奮いたった夏。
トンボを逐うことが、なぜあんなに歓喜だったのか。
細い竹の鞭が、中空をきる。その一閃に全神経をそそぐ。かすかな手ごたえ。トンボが落下する。
無数の羽が、川面を流れていった。
空の羽を打ち、小さな命を奪って駆けぬけた、いくつもの、夏のひとつ。
少年の夏へと伸びる、線路の旅をする。
葬っても葬っても、よみがえる、きらきら光る風と、空の羽。
風を残して、列車が通過する。たぶんまだ、行先が見つからないのだろう。
無人駅と少年が置き去りになっている。
とつじょ空をひき寄せて、矢のようにトンボが飛来する。(黒と黄のしましま模様の、それはたぶんオニヤンマ)。
ぼくの頭上をかすめて、往ったり還ったりする。少年が不在の夏を、おまえはテリトリーにしていたのか。
ぼくは記憶の鞭を、かれの行く手に振りおろした。
手応えはあった。しかしそれは、きらきら光る風の記憶だったかもしれない。
トンボは消えた。
空にぽっかりと穴があいて、そこだけ、夏の空が失われている。
そこにあったのは、トンボの空だった。