砂壁赤色矮星
鯉
二進数のボールペンを壁に突き刺して男は唸り続けていた。
網笠を被り書こうとした想い人の名を「まままままままままままままま」で消し去る。漆喰の、ユーラシア、ベツヘレムが蜃気楼する。吐息は荒くはない、男が伸ばした手が三本と、男根に打ち付けられた釘の痕が赤黒く光って、電柱に晒された子供の目玉に似ていた。男は隔絶していた。啄木鳥のように打ち付ける蛍光ペンは隣家の住人の自慰行為を阻害し、至らしめた。纏綿目玉。男は夜の色の目玉をしていた、蚕の用済みが烈河増に累々し、少年がそれを見る。その瞬間の瞳だった、「なななななな」と幼き日の彼は繰り返していた、とすればそれは? と階段を降りてから彼は言ったのだ、おれは妹を犯していた、冷蔵庫の中で、フリーズドライされたあいつが「やさしい」とおまんこで(もちろんきみたちが期待しているように経血でも吐きながらだ)叫んだのを忘れはしない、ほんとうに、小さすぎたのだやさしさが、だとするからこそ刺身には目玉があったしアイスクリームには小人が居て昨日の残りの豚の角煮はマトリクスで掻爬する、書き出されたおれの精子は冷凍室で宇宙の孤独を味わっている。と彼は言ったのだ、シャープペンが突き刺さる、「お元気ですか」と手紙の送り主がモールス信号で送ったが結局のところそれは斑点にしか見えなかった。電車が過ぎてゆく、と彼は言った、四角に区切られたフィルムが、夕闇に照らされて網膜を網羅する、そして男は突き続けている、妖精版画の夢を見て、おれは誰かを殺してしまったような気がする、山手線に乗って、おれが車掌に指示をして、あいつを殺してしまった。かわいらしい、女の子だ。白菊の足をしていて、あるいは飛び去っていて……。
ギョッタンは言った。「四角のシアンを見よ」と。
断頭する。
壁は収縮を始める。
男は打ち続けている。打ち続けている。撃ち続けている。千に連なるフラクタルの階段を降りながら、空の青みを紫に変えながら、紫キャベツを食べた弟の口元を滲ませながら、包丁のリズムを刻みながら、カーテンの瞬きを繰り返しながら、妊婦を鉄板の上で焼きながら(膨れ上がりながら――破裂しながら――膨れ上がりながら)、幼稚園児を金魚を用いて破瓜しながら、動物園の水面に三千人の少女たちが浮かび上がりながら、すべての夜が絶頂しながら、あなたがどこかしらに捨て去ったコンドームが想像を妊娠しながら、橋の袂からさよならが湧き出しながら、爪先がゆっくりと解けていきながら、ほほろいだ光が残響しながら、扇風機に巻き込まれた蝉が互いと交尾しながら、きみが笑いながら、おまえが泣きながら、貴様が死にながら、ミャンマーの山羊が轟々と叫び、俯瞰された原宿(原動的宿命)に差し込まれたビルたちが恥じらいをカラスたちに啄ばませる、キーボード、原稿用紙、小説(もしくは小節)、窓、本、扉、諸々の四角はわれわれの視覚の死角に位置する刺客となる。しかしながらこの眼前は果たして青いものか? 茶色い、吐瀉物の色をしているのではあるまいか? 排泄物ではあるまいか?
冷蔵庫からバラバラにした女が飛び出す。手首だけはふしぎときれいだった。と、男は言っていた。壁は耳朶にかたちを変えていた。それは女性器に似ていた。
横目で見ているとそれはテレビの中だった。はじめから眼鏡をかけていたのだ。と男は気付いた。眼鏡こそが目玉だった。視界の端から一億が流れ出す。
「 」
赤色矮星は脈動する。