括った髪の分だけ、返して掌
渡邉建志

僕は僕に必要なものを探して夜の帳の向こうへ旅立ったのだ。
冬山の上の祠にしゃがんでいると、尻の底から冷えてしまったが、
震えているのは僕だけではない、町にちりばめられたフォトンたちもだった。
神さまは山から町を見守っているが、僕は町を見下ろしているのだと思った。
僕は今日この町のすべての残り香を赤いマフラーで盗むのだ。

あなたの愛犬はまだ私の匂いを覚えているかしら。
夕暮れる空を見るとあなたのポニーテールが霞んで見えることがあります。
幸せなほほに浮かぶえくぼが。
あなたのすらりとした足、
あなたのまっすぐに伸びたせなか、
あなたのやわらかい胸、
あなたのやわらかい声、
なな月の南禅寺の森に響くあなたの
包むようなあなたの声。
そしてあなたの細い指、
ああ目を回していたのはトンボではなく、
実に私なのでした。

七月の魔術だった。
湿度の高い盆地特有の気候が僕の感覚を狂わせていた。
その七月にはすべてのものがやわらかかった。
やわらかい空気。やわらかい空。やわらかい風。
そしてあなたのやわらかい言葉。やわらかい心。
やわらかいものごし。やわらかいまなざし。
小さいときのおてんばのために目にすこしできた傷はまだ、
きっと残っているのだろうと僕は思う。

「天」はいつもあなたに味方していました。
毎朝、天から今日の分の幸せや楽しみがあなたの上に降ってくるのを
私は今でも想像することができます。
私はそんなあなたを愛しながらも、憎んでいました。
私はあなたになりたかった。
誰からも愛される、天からさえ愛されるあなたから愛される
ことを誇りに思いながら、でもいつも、あなたがまた
天にさらわれていくのではないか、
いやもしかしてあなた自身が天なのではないか、と思いました。
しかし、あなたのとなりにいても私はただの人間でした。
あなたのそばにいるからこそ、私は自分の平凡を恥じ、その裏返しに
あなたの不幸や失敗を、実は願っていたのです。
完璧なあなたに汚点がつくことで私はこの上ない快楽が得られるだろうと
そんなことすら思っていたのです。





贖罪は届かない。いまや天は僕を捨てたからだ。
それは予告されていたことだった。僕があなたの不幸を本当に望んだからだ。
僕は天を最初から憎んでいたからだ。
したがって、今夜、僕は自らの力でこの町のあなたのすべての残り香を盗むのだ。
すべての奇跡や出現をあの青い七月Juliusに返すために。


自由詩 括った髪の分だけ、返して掌 Copyright 渡邉建志 2011-07-17 02:50:54
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