ハンカチ
乾 加津也
あ、義父さん
ハンカチを一枚お借りします
+ + +
初めて会うひとはわたしのすべてを見透かしたあとに
無学なバイトの若造が生活(いちにんまえ)を語るのかと息巻きながらも
そのこめかみは
糖尿病で自らの余命を慮り
どうせお前らは聞かぬのだろうと
そんな諦めへの剣幕にも感じられました
そして五月
出棺の儀式に
まっすぐ延ばした体に封をして炉のなかへ送られ
(ここはほんとうに小さな処なのですね)
あの日妻と遺留品の整理を手伝い
手にした一枚のハンカチ
わたしはといえば
社会という鎖輪に入った日から
人並がわからなかったり 処世でかきくれる恥には
苦笑いの態を装いながらハンカチでやまない汗をぬぐいます
一応そこから
丸い呼吸で磨かれたもうひとつの一日がはじまって
いまはこれでいいのじゃないかといつしかその場をやりおおせるので
だからどんなものを忘れていても
毎日必ずハンカチだけは取り出せるのです
(わたしのくらしは こんなところです)
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(うるさい命を最期まで鳴きつぶす蝉のせいで)
義父さん
今日もずいぶんと暑くなりそうです