崖の下から海がひろがる。
寄せてくる波が、激しく岩に砕けている。
風に押し出されそうになって、岩場を踏ん張る足に力がはいる。
ぼくにはまだ、奈落に逆らう力が残っている。
それが生きる力であるかのように、勘違いする心のゆとりもあった。
崖は陸地と海を切断し、ときには生と死を切り分ける。
追い詰められたひとたちが、そこから海へ向かって消えたという。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)
そんな詩のことばが浮かんでくる。
十五年たっても、まだ一人も海にとどかないという。
まっすぐに海までの、美しくて神秘な距離がある。
引き返そうとして、
ぼくは空に向かってまっさかさまに落ちる。
崖の上にも、深い海はあった。
*引用の詩句は、石垣りんの『崖』より。