坂の上のひと
恋月 ぴの
この坂道は君とともに上った坂道
ふたりして登坂の辛さにあえぎ
君の差し出した手のひらの熱さに驚きながらも
未来への扉が垣間見えたような気がして
したたる汗の交わる戸惑いと
きつく握り返してくる力強さに心躍らせた
ふたりに言葉なんていらなくて
忙しい息の甘酸っぱさだけが頼りだった
この坂道は君とともに上った坂道
あの頃とさして景色に移ろいはないはずなのに
気がつけば坂の上はすぐそこで
あまりのあっけなさに漏れる苦笑を隠しようもなく
ふたりして何を悩んでいたのか
今にして思えば、あれでも駆け落ちだったのか
永遠に辿り着けないのではと仰ぎ見た苦悩
せめてあなただけでもと死を賭してくれた悲しみ
総ては無に帰してしまったのだろうか
これが分別ある大人になったということなのだろうか
この坂道は君とともに上った坂道
幾度振り向いても君の姿を認めることはできず
わたしひとり坂の上に取り残されて
よく太った野良がわたしを見つめているような気がした
どこかしらでちりりんと風鈴が揺れて
梅雨明けの空はゆっくりと茜色に染まりだす