祭り囃子
村上 和

お面屋さんを通り過ぎた

額の左側にドラえもんをつけた真っ赤な頬のアンパンマンは

ひょっとこみたいな顔で

指をくわえて林檎飴に見とれている


 +


浴衣については一言もなかった

可愛い下駄についても当然

鼻緒が切れてもなにもしてくれないんだろうね

思いながら神社の境内で

女はかかとを浮かせている


 +


この暑い時期に

熱い鉄板の前に立たせて

バイト代も出ないなんて勘弁して欲しいと愚痴りながら

休憩中に人気のない川辺で

今は亡き蛍のように火を灯している半被姿は

携帯灰皿にその灯りを潰して

ため息の煙を吐きつつ喧騒の方へと歩き出す


 +


色とりどりの提灯が

何もない町の

何もない人たちを染めている

ひとつひとつのささやかな物語が

咲いては消えてゆく途中

たまやかぎやと

同じ夜空を見上げている


 +


祭り囃子が止んで

手を繋ぐアンパンマンとそのお母さん

照れくさそうに笑う男とそれが可笑しくて笑う女を見送った後

ねじりはちまきを解いて屋台を片したら

またそれぞれの日常へと帰ってゆく

香ばしい匂いと

昼間とは違う宵の熱気は

湿った夜風が流して

何もなかったように

元の姿に戻るのだろう



 +



はぐれないように

手をつないでいてと

独りぼっちが呟く

遠くから響く

酔いどれの音色

誰もいない人ごみの中

迷子の泣き虫が

うずくまって

鳴いている


自由詩 祭り囃子 Copyright 村上 和 2011-06-26 13:10:53
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