祭り囃子
村上 和
お面屋さんを通り過ぎた
額の左側にドラえもんをつけた真っ赤な頬のアンパンマンは
ひょっとこみたいな顔で
指をくわえて林檎飴に見とれている
+
浴衣については一言もなかった
可愛い下駄についても当然
鼻緒が切れてもなにもしてくれないんだろうね
思いながら神社の境内で
女はかかとを浮かせている
+
この暑い時期に
熱い鉄板の前に立たせて
バイト代も出ないなんて勘弁して欲しいと愚痴りながら
休憩中に人気のない川辺で
今は亡き蛍のように火を灯している半被姿は
携帯灰皿にその灯りを潰して
ため息の煙を吐きつつ喧騒の方へと歩き出す
+
色とりどりの提灯が
何もない町の
何もない人たちを染めている
ひとつひとつのささやかな物語が
咲いては消えてゆく途中
たまやかぎやと
同じ夜空を見上げている
+
祭り囃子が止んで
手を繋ぐアンパンマンとそのお母さん
照れくさそうに笑う男とそれが可笑しくて笑う女を見送った後
ねじりはちまきを解いて屋台を片したら
またそれぞれの日常へと帰ってゆく
香ばしい匂いと
昼間とは違う宵の熱気は
湿った夜風が流して
何もなかったように
元の姿に戻るのだろう
+
はぐれないように
手をつないでいてと
独りぼっちが呟く
遠くから響く
酔いどれの音色
誰もいない人ごみの中
迷子の泣き虫が
うずくまって
鳴いている