レシートと店員
長押 新
一、
君はすでにその時、落としていたんだよ、君の、愛ってやつを。店員は私の顔を覗き込んで、少しいらいらして言った。私と店員はごみ箱に落とした万年筆を、閉店後に探さなければならなかった。私の愛は洋介君のものだったし、店員の愛も愛ちゃんのものだった。だから、愛ははじめから落ちるはずがなかった。それもごみ箱なんかには、落とさない。ポケットに入っていたのは、飴やいらなくなったレシートだけだった。
二、
万年筆は三つ目のごみ箱から見つかった。広い店内は、非常口の緑に照らされている。店員は、自分の万年筆をどこかのごみ箱に落として、それは二つ目のごみ箱からも見つからなかった。私は探そう、と言ったけれど店員は、夜の暗いのが見えるうちに帰りたいと言って、鍵をしめた。仕舞い忘れた名札を隠すように握る。今夜はもうそのドアを開くことはできなくなってしまった。
三、
鍵は開いていた。パートタイムジョブの私は区切られた時間しか店の内側にいない。店員がどうやってドアを開けたかは分からない。考えてみると、鍵を閉めるところしかみたことがなかった。私は、万年筆を落とさないよう、慎重にいらっしゃいませを繰り返す。
四、
洋介君の愛を落としていたのかもしれない。万年筆を拾う時間があったのに、全く気がつかずにレジで商品をスキャンしていたんだ。一円ずつ足りないレジ金、それなら洋介君はそれをどこに捨てたのだろう。返して、と言っても、レシートを持っていない、返品には必要なのに、見つからない。ごみ箱だろうか。それから、落とし物を探した。店員が言ったのはこのこと、だろうか。
五、
店員が万年筆を私にくれた。いつか、無くした万年筆みたいだ。だから、言ったんだ。そういった店員の口からは小さく、愛と聞こえる。レジは空いている。店員が返品された商品を片付けるときにごみ箱から見つけた、それ。店員とのキスに愛ちゃんの味はしなかった。洋介君の口の中も私の味がしないということだろう。私の味がする、十円玉の匂いだ。一円ずつ足りない、レジ金。
六、
伸びた腕に掴まれて、振りほどけたのは縦結びの靴紐だった。バイト用のスニーカーは、汚れている。好きだよ、の後の声はキスの音で聞こえない。私はポケットに手を入れる。私が落とした愛を拾ってしまったという店員が、私を好きだという。洋介君の家にあるプランターの中には私の名前のレシートがあるはずだ。きっとそうだ。それを、取りに行きたい。鍵が閉まっている。