わたしの隣でいつも幸せそうに笑う彼は
きっと多幸症なのだ
わたしはわたしに価値を見出だせないというのに
彼は、自分ではなかなか気がつけないものだよ、と笑う
君はチワワみたいだと思っていたけど、違った、シャム猫だ、
と勝手なことを言いながら笑う
アルジャーノンに君を取られたみたいで少し寂しい、
とか言ったらやっぱりかっこわるいよね、と笑う
そういやハラミって横隔膜なんだっけ、
君と会わなかったらずっと知らなかったんだろうな、と笑う、ねぇ、
気味悪くないの
って襟元つかんで問いただしてやりたい
いつだったか
ふとした瞬間に表層化する暴力について聞かれたとき
わたしはヘルペスのようだと思いながら
ココア入りの新しいマグを受け取ったのだけれど
彼は火山のようだと言った
火山の噴火に一般人が感知しない過程があるように
きっとその怒りが力として表れるまでに
近くにいる人が地学者のように察してあげられたらいいのに
ねぇだから
君が怒ったらそれは気づけなかったぼくの責任なんだよ、
ってちょっと切なそうに笑った
ああこの人はなんて
なんてばかなお人好しなんだろう
その予兆に気がついたところで観測者にそれを鎮める術などなく
噴火まで騒ぎ立てるより他ないというのに
ああだけどこの人はなんて
なんて
「 」
いいや
可哀想に
きっと神経系に異常があるに違いない
ああだけどそれはわたしだって同じなんだ
普通ってなんだろうね
感染すれば生涯DNAに潜在するウイルスのようだなんて
わたしはなんて
ああやっぱりわたしはわたしを愛せない
こないだ割ったマグだって
この新しいマグだって
あなたと選んだってだけでほんとはすっごくお気に入り
なんて
絶対言わないけど
ときどき見せる切ない瞳もかっこわるいねってその声も
勝手なことを言うばかでお人好しなその心根も
きっとあなただから好きだなんて
絶対言わないけど
その隣はすごく安心できるから
「今日のココアいつもより甘い気がする……」
『でもちゃんと、カロリーはオフにしてあります。気にしてたでしょ?』