午後の果実
たま

あとかたもなく崩れゆく遠い果実を見つめている

Hのしろい指がりんごの皮をむく
どこまでも切れることなくつづく紅い航跡はこの星を
ひと回りしてわたしのからだのやわらかい節々にから
みつく

 皮ごと食べてもよかったのに
 うそぉ・・。あたしの芯ばかりほしがるくせに

そうだった
からみあう綿菓子と地軸の憂鬱は幼いころの夢のなか
にあっていまも絶えることなくやってくる

 ねぇ、りんごの芯とあたしのとどっちがおいしい?
 種がなかったらりんごかなぁ

ふりかえれば記憶なんてすべてあとかたもなく
埋めあわせのように残されたペニスの痛覚も朝には消
えるから歪んだままに生きたと嘆くことはない

Hのくちびると幼い笑顔が好きだった
ただそれだけの理由でカヌーのような舟にのって海を
渉った
たどり着く岸辺はなかったのに

 もう、帰るの?
 うん。
 ごちそうさまって言ったの?
 
たしかに
言わなかったかもしれない
旬のない午後の果実に雨は降らなかったし
花も咲かなかった

 きれいなことばだね
 なにが?
 ごちそうさまって
 そんなこと言ってまたごまかすのだから

ごまかしきれない女もいるけど
Hはいつもその先をことばにしない
ことばにしたら骨が燃えつきるまで一緒にいられない
あしたはわたしが負ける
それでつながる日々だと知っているから


熟しきった夕日とともに
Hの幼いメイルがどこまでも追いかけてくる

 すこしだけユウウツだなぁ
 ほんのすこしの憂鬱だったら生きていけるさ

 そうかなぁ・・
 りんごの皮みたいなものだよ

 何よ、それ?
 きみの芯を隠すためのね

 隠しておきたいの?
 うん、そうだよ

 どうして?
 ずっと、離したくないから

ただ、それだけ
それだけの愛だと知っているから離せない
離したら
あとかたもなく崩れてしまう
皮のない果実だったから




















自由詩 午後の果実 Copyright たま 2011-06-08 18:11:14縦
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