お訪ね
電灯虫
ノブを捻りそのまま引いて ドアを開ける。
部屋の構成要素となっている 木の板が
傷の程度や 見て感じる古めかしさから
建物の築年数を 想像する。
建物に人は住んで居なさそう。
けど 脈を打ち続けているように 部屋は生きている。
だから 空気は温かい。
棚に収まっている本は 全て日記だった。
手に取った一冊は まだ幼くて
きゃっきゃっとした 楽しさで書かれていた。
背伸びして 上の棚から指先で落とした 別の一冊は
中途半端な時期で 斜め書きで
がんじがらめの理屈が 句読点を一杯打っていた。
一番 真新しいもう一冊は 机の上で休憩してる。
部屋の床は 足跡がのこる程度に柔らかい土で
ふかふかしてる。
履いていた靴と靴下を脱いで 裸足でそこかしこを歩く。
足をあげるとついてくる土は 足裏にいたずら顔で捕まってる。
残る足跡も 踊っていて
ようこそ いらっしゃいました って後付で迎えられた。
恭しく返事を返したら
一個の風で 地面近くに波の再返事があって
これには 笑顔で答えた。
隣の部屋では 床が一部 抜けていた。
その間に 人形が両手だけで 引っかかっていた。
すぐに取って そこの机に置こうと 近づいた。
人形は おかまいなく と言って 丁重に断りを入れた。
建物全体を 内から外から俯瞰した。
そうだね と納得した。
その時が来たらね とお互いに約束した。
守るべき約束 とメモした。
外では 午後五時を伝える
地方公共団体のチャイムが鳴っていた。
けど 出たくなかったから 今日は門限破りを覚悟して
お湯を沸かして 紅茶を入れる。