正月休みの列車で
砂木

寒い時 防寒着をかしてくれた人が居た
都会の職場へ戻る夜行列車の戸口で
切符の予約をとらなかった甘い自分を悔い
朝まで立つ気で汽車に揺られるさなか
途中の まだ雪の見える駅から乗り込み
戸口の向かい側に立った男性
座席も通路も満席で 身動きできずに
どこまでか 乗り合わせてしまったのだ

緑の非常口のランプが薄暗く灯る
暖房のつかない出入り口は寒くて
トンネルに入ると暗さも少し増す
前に居る男性が煙草を燃やし始めた
吸うというより 暖をとっている
マッチの火が点いては足元に落ちていく
あぶないけど寒いしなと思い見ていると急に
着ている防寒着を脱いで 私にさしだした

びっくりして断ったけれど男性はなおも勧める
まわりの乗客の目もあり 素直にかりた
見ず知らずの女に親切にするのは何故だろう
社会人一年目の未熟な頭で考えたが寒さには勝てずに 
ほとんど言葉もかわさないまま
深夜を過ぎた厳寒の列車の戸口で震えて
その男性も寒くてぶるぶる震えているのが
見た目にもわかっていながら 防寒着を返せずに
自分は人でなしだと思っても
着てしまったものは寒くて脱げずに
結局 その男性が降りるまでかりてしまった
返してくれとは言えなくなってしまったのであろう
その男性と 図々しく借りて着こんだ私は
それきり会う事もなかった

乗り合わせた他の乗客は私を酷い奴だと思っただろう
少し かしてくれたからと言って
あの厳寒のさなか 人の物をきこんでいたのである
受け取らなければ良かった
受け取ってもすぐに返せば良かった
返せないものをかりなければよかった
思い出すたびに後悔して身勝手な自分に
苦笑いしてしまうのだけれど

あの名前も住所も知らない男性の
たまたま目の前に居ただけの女への
無償の親切を思い出し 紳士と呼ぶが
私は淑女にはなれなかった
泥棒みたいに暖まっていただけの 
ただの恥ずかしい女だった

ガタゴトとガタガタに揺れながら
火とぬくもりに
まだ 暖まっている
 





自由詩 正月休みの列車で Copyright 砂木 2011-04-23 22:04:45
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