秘鑰
相馬四弦

かつて二人は湖を持っていた

水は濃い翠で穏やかに波を立て

畔には湖を取り囲むように

世界から隔絶されるための勇気が植えられていた

その白さが危ういほど 純潔を保った花が咲き誇り

春風に揺られながら眼球を剥き出しにして

すべての花が

湖の中心を凝視している

その中心で二人は小舟に背中合わせ

震える声で 何度も確かめる

互いの名を呼び合って

そして顔を合わせないように

鍵と錠を持ち寄り

桜の絶叫で埋め尽くされた空を見上げながら 解き放った

触れると溶けてしまう陽が軽やかに湖面を跳ね

波紋は幾重にも分裂して温もりを広げてゆく

やがて小舟はゆっくりと綻び始め

二人は互いに背中をゆだねたまま

この底で待っている絶頂を信じて沈んでいった













自由詩 秘鑰 Copyright 相馬四弦 2011-04-16 07:59:46
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