秘鑰
相馬四弦
かつて二人は湖を持っていた
水は濃い翠で穏やかに波を立て
畔には湖を取り囲むように
世界から隔絶されるための勇気が植えられていた
その白さが危ういほど 純潔を保った花が咲き誇り
春風に揺られながら眼球を剥き出しにして
すべての花が
湖の中心を凝視している
その中心で二人は小舟に背中合わせ
震える声で 何度も確かめる
互いの名を呼び合って
そして顔を合わせないように
鍵と錠を持ち寄り
桜の絶叫で埋め尽くされた空を見上げながら 解き放った
触れると溶けてしまう陽が軽やかに湖面を跳ね
波紋は幾重にも分裂して温もりを広げてゆく
やがて小舟はゆっくりと綻び始め
二人は互いに背中をゆだねたまま
この底で待っている絶頂を信じて沈んでいった