植えられる
リンネ

はい、どなた?
玄関のドアを開けてみる
ツルツルの警察官が立っていた
まことに申し上げにくいのですが
近所の公園のかたすみに
あなたの遺体が見つかりました
と言うので
下半身ですか上半身ですか、と聞くと
全身ですまるごと
と言う
それはどうもご苦労さまでした
と労いの言葉をかけてみるけど、これは
早く消えていなくなって、という意味の
婉曲表現

言っているわたし自身
気付いてはいないのだけれど



母の遺体は見つかるまでずっと
公園で本を読んでいたんだ
その本っていうのが外国語で書かれていた
もちろん母は読めなかった
それでもひたすらページを繰りまくってたら
それでもひたすらページを繰りまくってたら
っていうのを
死体だから時間も気にせずに繰り返してたら
読んでるそばから、文字がね
ポロポロ剥がれだしてきた
それがみんな地面にこぼれ落ちてすぐ
公園の外に向かって歩きはじめたそうだ
方角で言えば北へ
文字のすべては消えてしまった
遺体は気にすることなく
ページを繰りつづけた

でね、父と妹の遺体が見つかったのは
発見者によればだね
二人は隣町の団地内を走ってて
捕獲には手を焼いたらしい
だって足速いんだ、あの二人
死してなおも走りつづける
網をかけられても
遺体は走るのをやめなかった
取り押さえられて転んでも
遺体は足を空振りさせて走りつづけた

そしてついに 今日ようやく
わたしのものが発見されたのだ



今日の夕食はチューリップよ
母が呼びかけると
食卓にみんな集合して
赤い花びらをていねいに口へ詰め込みはじめる
juicy、juicy
と言って
みんな外人みたいにうなずく

両親は真っ赤な顔で喜んでいる
エキサイトしてそうなったのか
チューリップの食べすぎが原因かは分からない
席について、わたしも花びらをつまむ
これは
あまりおいしいものではない



ほら見て、うわあ、このテレビ中継
どこかの高層ビルの屋上
そこから順番に人が飛び降りていく
長い行列ができているけど
みんな静かに自分の番を待つ
すごいなあ
ときおり
我慢できなかったんだろう
途中の階の窓から落ちていく人もいるけれど

ビルの下で
まだ若い、二十代くらいの男性が
はずかしそうにインタヴューを受けている
どうやら彼は
一階から飛び降りてしまったらしい



久しぶりに豆でも植えるか
と父が笑った
わたしたちはシャツをたくし上げます
手帳から大事そうに豆をつまむ父
わたしたちの臍へ、それを植えようとする
ほんとうに久しぶりだった
父の手は緊張して震えています
すぐに首も痙攣しだして
左右に頭をぐらつかせています

見かねた母が
しっかりと父の頭を押さえる

妹の臍から
入りきらなかった豆が
ぽろぽろとこぼれ落ちてしまっている
ああほら
わたしも心配になって自分の臍を確認してみた
すると
消しゴムが半分めりこんでいて
それがときおり
サナギのように引き攣っている

明日の朝ごはんはこれで決まりね
と母が言って
わたしの臍から消しゴムを引き抜くと
信じられないことに
また新しい消しゴムが生えてきた
一つ、また一つと、なおも摘んでいるが
一向に無くなる気配を見せない
母は思う存分に収穫をつづけた

誰にも言わないけれど
こういうときの母は
ちょっと貪欲過ぎるとおもうのです



自由詩 植えられる Copyright リンネ 2011-04-14 20:17:02
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