こだまでしょうか?ー所長とパート職員の門答ー
服部 剛
ある日のデイサービス送迎車内にて
ハンドルを握る所長は
助手で乗るパート職員に、愚痴をこぼした
「最近、パートのハットリって奴が
妙に俺にたてつくんだよ
何であいつがあんなにぷんとしとるのか
まるでわからん・・・君なら
彼の胸の内がわかるだろうから
よ〜く言ってやってくれ 」
「ほぉ・・・そうですか
彼にもきっと、深い理由があるのでしょう・・・
所長、わかりました、僕から
よ〜く言っときます 」
「君ね、彼と話す時はね
喫茶店にでかい鏡を持ってだな
テーブルの向かいの席に置いてだな・・・」
「所長・・・それはもしや」
「ありがとうって言うと」
「ありがとうって答える」
「所長、冗談はともかくとして・・・」
「冗談じゃない、本気で言っとるのだ」
「いや、所長はせめて小さい鏡を持ってですね・・・
テーブルの向かいの席に置いてですね・・・ 」
「君、それはもしや」
「バカ野郎って言うと」
「バカ野郎って答える」
*
その時、フロントガラスの前方を
飼い主と犬が横切った
「おぃ、あれが見えるか」
「はぁ、何でしょう」
「犬の尾っぽが垂れちまってるだろ
あれはな、飼い主と犬のペースがあっとらんのだ」
「はぁ・・・上司と部下みたいなもんですなぁ・・・」
そして車は認知症のお婆ちゃんの家に到着し
二人は
「おはようございます」
「おはようございます」
の声を揃えて、右と左の門を、開いて
玄関の中で車椅子で待ってたお婆ちゃんをゆっくり立たせて
左右から頭を重ねる稲穂になって
互いに屈み
ごちんっ
「痛ててててて・・・・・・・・」
頭部に手をあてながら
パート職員はすかさず顔を上げた
頭部に手を当てながら
所長も同時に、顔を上げた
「こだまでしょうか」
「いいえ、誰でも」