三月十二日の話をする。
草野春心

三月十二日の話をする。
三月十二日、東京は晴天であった。青く澄み、雲ひとつなかった。
確かその日は、原宿のあたりをブラブラとしていたのを憶えている。
日本人も外国人も、いっしょくたに暢気に笑っていた。


誰も「それ」の話をしてはいなかった。
いや、もちろん最初はしていたのだろうが、
たぶん軽い挨拶、天気の話みたいな雰囲気で、
さっさと別の楽しげな話題に移っていったのだと思う。
あくまで僕の想像にすぎないことだし、
被災地に関係者・親戚のある者はまた別の事情があるだろう。
本当には僕にはわからない。


エスカレーターの話をする。
今はどうってことなく動いているが、しばらく都内のエスカレーターは停まっていた。
たぶん多くの人が、
それが動いているような感覚で足をかけ、グラッとつんのめりそうになっただろう。


三月十二日の話をする。
僕がその日、青空の下で感じていたのはそういう「グラッ」だった。
震度だとかマグニチュードだとか、そんな物差しで測ることができない揺れ。
悲しいとか、気の毒だとか、偽善だとか偽悪だとか、そういう次元を超えた揺れ。
地震も余震も終わったとしても続く、存在にかかわる激しい揺れ。
安全地帯に胡坐をかくこの愚鈍な僕でさえそれを感じた。それはどういうことだろう。
それは本当にどういうことなのだろう。
とても僕の手には負えない問題だ。


断じてレトリックなどではない。ただの、ありったけの事実である。


しかし、詩を書くものとして、いつか僕はその「グラッ」をとらえたい。
鈍重なレトリックとして、飾りたてたものとして、消化し昇華してやりたい。
原発がどうとか、放射性物質がどうとか、死亡者数がどうとか、
そういう難しい話ではなく(それももちろん必要なことだし大事だ)、
あの怖ろしい「グラッ」をきちんと正面からつかまえて、閉じ込めてしまいたい。
誰に伝えるとかではない。自らの本能として思うのだ。


散文(批評随筆小説等) 三月十二日の話をする。 Copyright 草野春心 2011-04-13 21:02:08
notebook Home