冷えた四月のかげろう、スライドする真夜中の枝の景色
ホロウ・シカエルボク
音がしなくなったらそれは真夜中、立ち眩む心の声が聞こえる、小さなキーを押すときの、浅い水たまりを跳ねるみたいな連続が、今日という一日の記憶、今日という一日の…
四月というのに少し冷えすぎた両の手の指先と、粘っこい溶岩のように流れた一日の残像、あらゆる意味合いで俺はもう、悲鳴を許される場所などには居ないのだ、立て付けの良くないでかい窓のカーテンが、耄碌した年寄りの戯言みたいにゆらゆらと揺れている…明るさとけだるさと、暗がりが入れ代わる生身の動画、そのリアリティーとやらはいったいどこにある、時計の見方が変わった、誤魔化しきれないときだけそうするようになったよ
空っぽの吐瀉物が胃のあたりからせりあがってくる、目を瞑ったらその姿まで見ることが出来そうさ
自分の目蓋に蓋をして、優しい歌に涙しながら、堅実な痴呆を生きてこれれば良かったか?だけど俺にはどうしても出来なかった、そしてたぶんこれからだって出来やしないだろう、命あるものの誇りを、俺は忘れたくないだけなんだ…バラエティ・ショウで流れてる懐かしいメロディー、「うまくいかなきゃ死ぬだけ」だってさ…それが妙に可笑しいと思えるのはきっとほんとのことだからさ
小さな舞台で炙られながら踊り続ける罪人の気分、誇りを忘れなかった俺は、状況的な罪状を背負って毎日を切り抜けてゆく…絵に描いたような優しい歌が、Cメジャーの優しい歌が、泥みたいに流れ出すテレビジョンをぼんやりと見つめながら…芽吹く季節にひとり凍えながら…裁判長!私はある種の罪状を認めざるを得ない立場にあるようです!だけどそういった立ち位置の認識の仕方が、果たしてあなたにご理解いただけますことでしょうか?安易な、安易な結論だけは、私は選んでこなかったのです、そしてそれは、それ以外のすべてをひとつの結論として受け止めるという在り方なのであります!
決して舞台で語られることのないモノロヲグ、それはこういった在り方さ、決して舞台で語られることのない…俺はそういったものを紡ぐのに慣れている、あぶれた真夜中に、点在した感情をありのまま紡ぐことに…柔らかな睡魔がじらし上手な女みたいに脳裏でチラチラし始めたとき、吐き出されるものにはたいがい解放と疲労が交尾する蛇のように執拗に絡み合って…鈍く光りながら暗がりへと姿を消してゆく
あれはいつのことだっただろう、まだこんな感情を飼い慣らせなかった頃、真夜中の小高い山を歩いた、意外なほどに明るい月の下で、風に煽られて振り回された木々の枝が、死んでゆく年寄りの声みたいな音を立てて揺れ擦れるのをずっと見上げていた、あれは今、あれは今のことなのだ、俺は今でもそんな景色の中で呆けて立っているのだ、安らかさなんて夢かもしれない、目覚めずに眠ることの出来る、そんな夜みたいなものかもしれない、希望も絶望も子供の頃に済ませてしまった、そのあとに来る世界の中でただ目を見開いているだけさ、キーを押し続けろ、どんな種類かは判らないけれど、それは確かに俺というかげろうのひとつの証明になる、俺の心臓の生き写し、俺の瞬きのリズム、眠気に疼き始める脳天に刹那のドリルをねじ込みながら、少なくともまた一日、俺の人生のノイズは喉の壁面に刻みつけられた…