ナイフ
nonya
少し前から
気づいてはいたけれど
僕のナイフは錆びている
もうリンゴの皮すら剥けないし
エンピツを尖らすこともできない
誰かの心を抉るどころか
靴の踵にこびりついた昨日を
こそげ落とすのが関の山だ
素知らぬ顔で
ポケットに忍ばせているけれど
僕のナイフは錆びている
誰かを傷つけた記憶は
フリルのついた想い出や
武勇伝の中のかすり傷に
いつの間にか置き換えられて
ナイフの錆びに成り果てた
どんなに
汗ばんだ手で弄ぼうが
もはやナイフは
自分自身すら傷つけることができない
そおっと
唇に押し当てたところで
もはやナイフは
錆びついた狂気の味すらしない
ロックには程遠く
ポップスとも言えず
大っ嫌いな演歌の
酸味を帯びた懐かしさ
そんな味しかしなくなったナイフは
もはやナイフではない
それでも
君を傷つけようとして
むりやり当て擦ったら
薄っすら血ぐらい滲むだろうけれど
僕はそれをやらない
優しいんじゃなくて
自分が哀し過ぎるから