揺れるひと
恋月 ぴの

水面を見上げると
ちいさなおんなの子の顔

こちらの様子が気になってしかたないのか

大きくなったり小さくなったり




わたしだけの世界
酒屋さんの軒先に置かれた古い火鉢

最初は他にも仲間いたけど
カラスに狙われたり
狂ったような嵐の晩に火鉢の外へと流されていった

金魚藻とホテイアオイ
火鉢の底には竜宮城のおもちゃらしきもの

ひらひらとゆれる尾びれ

たしかに自由気ままではあるけれど
その日暮らし
かりそめの自由ってこともある

いつ野良猫に襲われてしまうのかも知れないし
酒屋の店主に火鉢ごと片付けられてしまうかも知れない

それでも
ここはわたしだけの世界

桜の季節には
舞い散る薄桃色に水面は染まる




もし人間に戻れるとしたなら
あのひとに逢ってみたい

今では幸せな結婚生活おくってるらしいけど

それでもわたしの好きだったひと

逞しい腕で抱きかかえるように頬ずりしてくれた

情熱的な口づけは甘くて
そして永遠の誓いでもあったはずなのに




おんなの子がひとさし指で軽く突くたび
薄桃色の爪の先から波紋は拡がり

金魚藻の茂みに身を隠しながら水面を見上げてみれば

丸く切り取られた青い空

大きく見開いた黒い瞳はゆらゆらゆれる









自由詩 揺れるひと Copyright 恋月 ぴの 2011-04-11 19:13:31縦
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