D.A.Harold's brain
田無
俺はある夜、見知らぬ男に叩き起こされた。
俺は西荻窪の10階建てマンションの8階に住んでいる。
気休めではあるがマンションはオートロックだし、
玄関の鍵はもちろん掛けてあった筈だ。
しかし男は俺の目の前に立っている。
俺は寝起きで働かない頭のまま、訳も解らずただ男を凝視していた。
男はベッドから半身を起こした体勢の俺を、ただじっと見下ろしていた。
どれ位の時間が経っただろう。
5分?いや、1時間か…。喉がからからに渇いていた。
かすれる声で俺は男に話しかけた。
「誰だ…?何なんだよ?」
それまで能面のように表情のない顔で俺を見下ろしていた男は、
口角が耳に届くかと思う程、ニタリと笑った。
そして俺に話しかけた…。
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何事もなかったような、いつもの俺の部屋。
ほんの1時間前の出来事は、現実だったのだろうか?
男は、D.A.ハロルドと名乗った。当然知らない。
強盗でも怨恨でもなく、ただ俺に見せたいものがある、と言った。
それは彼の頭の中だと言う。
ハロルドは、ただ凝視し続けている俺を無視するかのように
ニタニタと笑いながら、いきなり彼の頭の中を俺に見せた!
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俺は見た。ハロルドの頭の中を。
彼は自分の頭を叩き割って俺に差し出したわけではない。
ああ、とても言葉では言い表せない。
殺人犯の頭の中とはあんな感じなのだろうか。
あの腐敗臭。耐えられない。とても。
とある夜、振られた男が女の住むマンションに忍び込み、
すべての暴行を行使した後で、命を握りつぶした光景…。
とある午後、群衆の中に飛び込み、
何十人もの人たちの人生を一瞬で終わらせた光景…。
もうよくわからない。
とにかくこの世の全ての悪意が、
まるで俺自身の経験であるかのように俺の脳裏を駆け巡った。
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あれからもう1週間が経つ。
ハロルドは、また来る、と俺に言った。
マンションの鍵を変えたり、警察に通報することが
無駄だということは、何故かはっきりと理解している。
俺の精神は、この先持ちこたえられるのだろうか。
ハロルドはこうも言った。
人間の精神ほど不安定で不完全な構成要素はない、と。
私は君で、君は私だ、と。
俺は、あの耐えられない悪意の光景と同時に見た、
まるで天国のような小川のほとりの風景を思い出していた。