藤を見に / ****年不明
小野 一縷



合浦の浜に藤を見に行くのが好きだって
ばあちゃん 僕にお菓子を買ってくれて
二人してバスに揺られて 行ったよね

桜も沢山な公園だけれど
その頃は いつも人が ごったがえしで
僕は酔っ払いとか うるさくて嫌だった

静かなベンチに 二人して 柔らかく垂れた藤の下で
ソフトクリームを食べたよね
あの時は
髪もまだ黒かった
膝もまだ丈夫だった
耳もまだ達者だったよね
二十年も 随分と昔のことだけれど
今のばあちゃんは
髪は真っ白だし 膝は痛むし 耳も遠いし

かなりの 大声で話さないと なにも聞こえない
だけれど
父さんとか 母さんとか 親戚だとか
僕なんかの 愚痴が
聞こえないのは いいことだよね

昨日の夜 父さんも母さんも知らないこと
じいちゃんの 本当の病気のことを
こっそりと 教えてくれたよね
だけれど ばあちゃん
僕が涙声で呟いた返事も 聞こえてはなかったんだろうね

感謝の気持ちとか 優しい気持ちとか 伝えるのに
大声で喋らないとならないってのは 難しいね

ばあちゃん いくら耳が遠くなっても
薄紫に垂れている藤を かすれた浜風が揺らしている
あの音を 聴きたいだろう?
松林を抜けてくる あの浜風が ばあちゃんの白髪も揺らすだろうね

ばあちゃん 今なら 膝の具合が悪くても
僕が車に乗せて 連れて行くよ
ちゃんと手を引いてあげるから
どんなにゆっくりと歩いてもいいんだから
合浦の浜に 二人して
ソフトクリーム 食べに行こうよ



自由詩 藤を見に / ****年不明 Copyright 小野 一縷 2011-04-09 16:37:16
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