天国の歌
草野春心

  殺人鬼が天国の歌をうたっている
  監獄の窓にむかって

 「僕は人を殺した。
  六人殺した。血の塊が僕の
  歯茎の間にはさまっている。
  僕は人を殺した。
  恋人を、友人を、知らない人を、
  自分自身を。」




  溺死体が天国の歌をうたっている
  海草に絡まりながら

 「わたしを忘れないで。
  夕闇の藍色に染まる海に
  きっとわたしを思い出して。
  岬の灯台、それはわたし。
  町に香る夕餉、それもわたし。
  出せなかった手紙もわたし。
  わたしを忘れないで……」




  生存者が天国の歌をうたっている
  だれかといっしょに

 「どこか遠い、
  高いところにある階段
  それを昇れば天国さ!
  天国は楽しい。
  天国は美味しい。
  天国は魅惑する。
  天国はそこにある
  われわれはただ
  階段を昇ればいい!」




  つかのまの歓びにむかって
  みせかけの幸せにむかって
  天国の歌はうたわれる



  昨日を
  忘れないで
  今日を
  投げやらないで
  明日を
  侮らないで
  生を生きるものにしか
  その歌はとどかないから



  ぼくも天国の歌をうたっている
  心のなかで

 「天国は、
  きみのうたう歌なんだ。
  救われることで、
  生きようとはしないで。
  生きることで、
  ぼくたちは救われるのだから。
  だから、せめて、
  いつまでも
  かなわない夢をみよう?」




  ふいに
  きみを思いだすときがある
  その耳たぶが
  天国の歌に揺れているのを



  さよなら。



自由詩 天国の歌 Copyright 草野春心 2011-04-02 13:29:31
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