「春について」
青井とり
私は、春という季節が少し苦手なのだと思います。
何故か、春になると、漠然とした不安を覚えます。
澄んだ空の下に立つと、柔らかな日差しを浴びると、居心地の悪さを感じます。
カーテンから部屋へと溢れ出す春の朝は、大抵私を憂鬱にします。
慣れてしまえば、何てことはない。
それでも、あまい夢から醒めたばかりの私は本当に弱いので、いつも少し、戸惑ってしまうのです。
そして、春が来ると、何か新しいことを始めなくてはならないような、そんな気がします。
「お前は変わらなくてはいけない。」――
そう誰かに急かされているようです。
変わるためには、頭から爪先まで、土踏まずから耳の裏まで、自分を見つめ直さなくてはいけません。
そして私は、いっそう古い私が嫌いになります。
このようにして、新しい私の需要は高まります。
私は、きっかり始業式までに、新しい私を製造し終えなければなりません。
人との出会いには、いつになっても慣れません。
新しい私は、ぎこちなく笑うことしか出来ません。
大して興味のない話に感動して見せて、大して面白くもない話に馬鹿者のように笑って、私は、そんな新しい私が嫌いになります。
折角の新しい私も、いつもそこで、全く台なしになってしまうのです。
このように、やはり私は、春という季節が少し苦手なのだと思います。
けれど、あの後ろ姿を見送り、柔らかく淡い色彩が力強さに代わると、不思議と切なくなります。
強い淋しさを感じます。
私は春が苦手です。
けれど、恐らくそれは、あの危なっかしく、気まぐれなものに、心を乱されているからなのでしょう。