忘れる
草野春心
婆さんが呆けた顔で笑っている
海のものとも山のものとも知れぬ婆さん
老いた記憶をさぐっていけば
そこしれぬものが埋まっているはずなのに
婆さんは呆けた顔で笑っている
やれやれ、
ひとはばかだ
だから強い
歯をみがいているとき
なにをしているのかわからなくなるように
まだ一本目の
煙草を吸い終えていないとき
ばかみたいに二本目に火をつけるように
痛みを
忘れられたらいい
かなしくてもいい
なんども
なんども心でくりかえして
痛みが
血肉に変わればいい
風を
光を
しあわせを
だれも気にとめないのと同じように