slide away / ****'99〜'03
小野 一縷

北 横殴りの吹雪 
厳しく美しい その事態を 知らない 彼らが
雪原で 凍えながら 夜空を見上げている きみのことを
南 さらさらした柔かな 砂浜の上で サングラス越しに
スクリーンから 眺めているよ



ああ
じんじんと 痛々しく輝く雪が
乾いて荒んだ 体の芯を 火照らす為に
頭の上に 降り積もってゆくよ
たらりたらりと
雪は融けて 頬を伝って 唇に


「苦い」


立ち尽くすのは 終りだ
きみは今 加速性と共に 指向性を授かった
きみには 力がある 仮初であれ 力がある


気違いじみた白さの 雪上を漕ぎ 
深い藍の 夜の下に潜り 
誰もが訝しげる程の 魅力的推進力は 行く 
銀と紺の紙一重の狭間を きみに乗って
きみの意思を 押し退けながら 
時間に 排泄されるまで
きみの 前歯の隙間を 嘲笑って 
大脳の丘稜線を なだらかに垂れて


さあ


振り解かれないで 掴まっていて 
雪原の黒点でしかなかった きみは
今 移ろい そのもの 
「いつも」も 「いままで」も 
車窓を一つずつ滑るように
目蓋から 振り落とされ 果ててゆく



滑走 ひたすらの 滑走



朝陽が じらじらと 一面の雪を輝かす
冷め切った朝を さらに 真っ二つに切った きみの通過音は
なぞった雪面を 刃以上に研いでゆく


(太陽なんぞに瞬きするな 奴は出来の悪い 時計でしかない)


白銀と白金の境界線を 金属的な鋭利になって引いてゆく
その業には 
もう血の気が無い 君の血は 透明な液と赤い液に 分離した
内部から きみを推し進めた要素は 塩辛い液として 黄ばんだ液として
きみの体外へと 霧散した 


その 生臭い朝霧の中
末路無き旅路の 終りを ぼくは確信した


きみは ぼくに 手を振った
惰性で滑走しながら 窪んだ瞳孔で 微笑で
ぼくの横目を 慕いもせず 通過するきみは
もう ぬるい風と 波打った軌跡しか 残せない


しかし
 

ざらざらに 荒れ果てた氷原を きみは
惰性で 滑走しようとする意思を
瞬き絶えて濁り始めた水晶体で 
ぎらぎらと 乱反射させている
己の無力さに 体内の血小板達が 絶望するのを よそに


ああ


置き去りにされた 滑らかな煙の軌跡
ナメクジの足跡が 真昼の雪融け水の 溜まりの上に
七色の放射線を 滲ませている


悲しくはない 涙ぐんでいるのは
焼けてゆく 角膜のせい 


ぼくの 涙目を 見ても
それでも きみは 行くんだね


「さようなら」


彼方に きみは 

こぼれた 涙の 一滴より 小さくなって

ぼくが 失明するより先に 見えなくなった










自由詩 slide away / ****'99〜'03 Copyright 小野 一縷 2011-03-30 18:05:06
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