焔洋 / ****'04
小野 一縷
白骨の風車がくらりと回りきいと短く鳴く音を
追い吹く風の層を縫ってゆく錐揉み状の脊髄の
末端の熱っぽい鋭さから染み込んでくる甘苦い味の
粘付くまろやかな思考感触が忘れられない
蒼黒く鋼の剣の鋭さで飛空する二羽の海燕の
絡まる飛行経路が描いてゆく無限の標を頼りに
銀色の獣の氷の針のたてがみに想像される
ちりちりと繊細に粉砕された広範囲の痛みは
既に完成されながら忘れ去られていた虚ろな甘さの糖度と
しんしんいう眩暈の振幅度数と振幅時間と
吐気を痙攣に変質している胃壁に染み込んで脳に光速信号を放射する熱量
との三相異相交差三次元方程式で血液の液温を示す脳内血流が
0.01秒毎に進む距離数を高速演算することにより脳内に
震動伝導を開始する一片の思考の構成図を繙くと
さらさらひりひりと脳の中幹部から対流微散する文字の
欠片の奔出圧力で脳壁にはめ込まれた創造快楽の扉を
開放したまま放置することを全細胞が進み向かう
あらゆる時間単位と指向性の完全一致により ここに開始する
胸の鼓動と詩の胎動が 同調する瞬間
凛刺とした頭痛の余韻 眩暈の木霊の中を弾けて
罫線の先へ先へ 零れ進む熱の飛沫
詩の活性細胞海域に深く飛び込む
「ここから 見る」
脳内言語構成中枢毛細神経繊維を綾取りの要領で弄ぶ
その手捌きの軌道を額の裏奥の頭蓋に映して追い立てる
そして二つの手と十の指を一つずつ追い越して
振り向き様に目蓋を可視する視線で貫き瞬間微分解析された文字
まずその子音から母音へ変成する間隙に立て掛けられた
一つの音階の移行に伴って漂う色彩変化の流動に揺られ
流れてくる全ての臭覚判断記憶細胞内において何よりも懐かしい香りの
柔らかい甘味から胸の内に響く清々しい香りへの浮遊変化係数を
時間単位に変換する脳内の奥の芯に暖かく燈る明るさが
紅く熱く最微分された輝きを身体中へ転写浸透させる
「見える」
眩しい
ずっと 眩しい
ずっと ずっと
懐かしいくらい 眩しい
懐かしさ
「これは 痛みだ」
手馴れた手業で 素早く甘く 窒息させられるように
じんと濡らされた 淡く蒼白い絹糸で縫われた 布の冷たさが
全身をしんしんと 高密度で包んでゆく
「これは 甘い痛みだ」
書き記そう
隙の無い絶対完全完璧な陶酔の純潔な快楽こそ覚醒と呼ぶに相応しい
遠く見える純潔な金色の海面の波長に平衡感覚を溶かし込む
視覚と聴覚 味覚と臭覚を指先に集結させる
現在 この時間流域と空間帯域に浸り全身で感知し全身で味わう ひたすら
的確最適に高い質の酔いは吐気の湧出とその沈静の波紋を
自由に踊りながら乗り越えて胸の奥へ奥へと滲入する
暗く甘い眩暈の臭気が脳髄に向けて心拍速度を司って
脊髄を螺旋に取り巻きながら上昇する
「見える」
熱
「これは 眩しい 熱だ」
焔
蝋燭の陽が 身体中の甘い暗黒の中真に 次々と灯ってゆく
光
眩しい
温かく眩しい
柔らかく眩しい
これは 皮膚感覚上の美の構成経過だ
呼吸する火の集まり 焔は ここに生きている
熱は なんて強く精密な優しさを持つ事態なんだ
細胞同士が伝達する微量電子信号の過流元素単子間にすら
熱は小さく永遠に脈打っている
遠く小高い丘から 燃える 無人の街を 眺めていたい
膨大な熱の量 広大な熱の放射 遠く深い 朱色の純度
夜をずっと濃く焦がす 焔上の陽炎が揺らす 夜空の影絵のあらすじ
胸打たれて 潤む目の 丸い艶の上に 真円の漣紋を 次々打って
映って滲んで もっと緩やかに 揺れてゆく 焔 夜の遥洋まで ずっと続いて