戻り涙
木屋 亞万
悲しみが止まらない夜
涙をおくる腺がどこかで
切れてしまったようで
泣こうとしても涙が出ない
悲しみだけが
ぶくぶくと腹の底から
湧いてきて
行き場をなくした涙が
身体の隙間を埋めていく
背中に群青のアザが
雨の日の窓のように
ぶつぶつと浮かんで
腰のほうへ垂れていく
自分より悲しい人がいることを知って
癒える私の悲しみではない
ともだちの悲しみを知って
いっそう絡まる悲しみが
内臓を涙で水没させていく
涙があふれ出てこない夜
身体の中は涙で満ちている
出口をなくした涙は
ジメジメと心を冷たくする
まわりの優しさが、励ましが、がんばる姿が
涙をさらに押し込めて
内と外との温度差で
結露ができて体内の壁には
幾筋もの水滴が垂れる
そのようなときどうすれば良いのか
誰も教えてくれなくて
自分で考えてもわからなくて
言葉にしようとしても
どれも悲しみに濡れていて
自分には何もつらいことなんてないはずなのに
自分の中にはつらい悲しみが溢れている
お尻の辺りでカチカチに
固まり始めた悲しみを
鍋でじっくり煮込んで
スープにして
飲んでしまえたら
悲しみは管を通って
消化されていくかもしれない
コトコトと言葉の炎で
かなしみを煮込んで食べてしまおうよ
そうすれば明日の朝にはきっと
悲しくなんかないはずだ
もしもそれでも悲しみが
湧き出てきたら
そのときは
みんなでそれを朝飯の前に
ぺろっと食べれば良い
なかなか癒えない悲しみを
言えないままで秘めている
溜まった涙の奥底にある
言の葉をさらってみよう
悲しみの多すぎる水分を
出し切ることができたなら
言の葉の火で心から
身体をぐっと温めて
気球のように
春の空
飛んでみようよ
耳元で
また笑う声
聞かせてほしい