はつかねずみ
ふるる

  はつかねずみ


きみの美しい視線が
ぼくの背に注がれていた時
ぼくはオールをこいで
春は
緑のビーズをこぼしたみたいに
あちこちで転がり跳ね回って

きみ
きみの手の中で飼っている
はつかねずみ
白の
真綿の中で眠るんだね
オールが舟のへりに当たって
水しぶきが
あがる

ぼくはきみの手の中の
はつかねずみを見ようとして
逃げないようにそっと
かがみこみ
キスをする
きみの手と
はつかねずみに

ねずみはどんどん増えるだろう
ぼくはオールを握ってこぐ
春はまるで
琥珀色のお酒をついでまわる
カフェのやさしい主人で
その瞳はあたたかく意地悪く
ぼくらを見る

見て ときみが言う
空に
地図ができあがっていて
春の国に今
ぼくらはいる
パスポートもなしで



  海から虹が


夏の午後
明日、ときみが言う
明るい傘をさして

オレンジ色のTシャツからしなやかな
きみの腕 よく焼けたね
まるでオレンジのパイ
蜂蜜も入っている

よく通る声で歌うきみは
小さなロバにまたがって
海をあるく
底まで そして
珊瑚やイソギンチャクをなでては
笑うんだろう
さっき
ミルクをこぼしたぼくを
笑ったように

海から虹が生まれるから
きみの歌もそれにのってゆく
雲をおどらせ
月を太らせる

明日、ときみが言う
海から
裸足で帰ってきたね
くつはどうしたの
くつはいらないの

波がわたしのくつ
あなたがわたしの道



  雲でパン


もう少しで実が落ちるのだから
木の下で眠っていたらいい
鳥は少しもじっとしていない
リスたちも
ぼくらの手のひらの実を
遠慮なく取っていく

きみのおなかはあったかくて大きい
まるでパンケーキ
まるでおひさま

去年のことを全然思い出せない
ぼくは今年の春に生まれたからさ
きみの手の中のはつかねずみ
今ちょうど五匹
真綿の中で眠っているね
名前つけてもいいかな

リンゴ、ブドウ、クリ、ナシ、クルミ
おいしそうだから食べられちゃう?

お茶をいれて飲もうか
それとも
雲でパンでも
つくろうか

眠いのなら
ぼくはずっとゆすってやろう
鳥やリスといっしょに



  ボートに乗る


晴れやかで
ガラスのような日に
あかんぼうが生まれた

その一息一息は
あんまり清らかで
雪が顔を赤くしたくらい
元気な泣き声
きみにそっくり

あかんぼうをくるもうよ
大地が雪で
すっかりくるまれているように
剣や弓も
その前では眠ってしまう

たくさん眠って
たくさん泣いて
それはぼくらも
変わらずしている

きみの美しい視線が
ぼくをまっすぐ見つめる時
ぼくはオールをこぐ手を休めて
ゆっくりきみを愛そう
冬ならば
外に出なくても怒られない

そして
また
春が来る
ごくあたりまえに水がぬるみ
花がめまいし蝶がひらき
三人で
ボートに乗る

ぼくが覗き込んだ
きみ
きみの手の中のはつかねずみ
その時はもういない



自由詩 はつかねずみ Copyright ふるる 2011-03-20 00:08:50
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