黒船
salco

 従兄の長女の挙式当日、寝不足づらを塗りたくってホテルから訪ねる
と、沖縄らしくのんびりと従兄夫婦はネクタイの相談中で、嫁がせる日
のひと時を混ぜ返すまいとせいぜい私も口を慎み、リハーサルのため先
発する夫妻の後を引き受けた。
 平服にステテコで、係累でもない私に結んでくれろとネクタイを差し
出す、名護から泊まりがけの老重鎮を内心憤慨しつつ下手くそなウィン
ザーノットにしてやり、札入れハンカチちり紙と各ポケットを検めて、
のんびり迎えに来た子孫の一団に渡す。
 華やいだ朝がふっと翳ったキッチンで洗いものをして、居間で座る耳
の遠い伯母にそろそろ出ようかと呼びかけた矢先、チャイムが鳴った。

 ドアを開けるとビジネススーツの若い白人が二人、六月の炎暑に文字
通り紅顔で立っている。めんくらっている私にコニチワと挨拶するので、
「こんにちは」
 と応じると、日本語を解さぬ様子でハウアーユーと返され、ファイン
サンキューのやり取りの後やっと、××サンは在宅かと言われて思い当
たった。
 逆縁に遭い夫婦で教会通いをしていた時期があり、最近は更年期クラ
イシスの従兄が或る教団員の訪問を受けてレクチャーに感化されたのだ
が、月収の一割納付にびびって断りを入れた。その後も不定期的に訪ね
て来ると、いつか電話で聞いていた。
「とってもいい人達なんだけどねぇー」
 沖縄らしく人を、お義姉さんも決して悪しざまに言わない。

 その教団については元アイドル女優に外タレ二人と清涼飲料水厳禁、
創始者の一夫多妻とブリガム・ヤング大学ぐらいしか知らない。カルト
という偏見も希薄だが、出がけの忙しい時にと今さらに気を損じ、彼は
今日、娘の結婚式で留守であると伝えた。
 すると、年長のブルネットがそれはおめでとうございます、と言った
後、
「What can I do for you?」
 にこやかに問うて来たので虚を衝かれてしまった。
 何と、「お役に立てる事はありませんか?」とターゲットでもない面
子に申し出ている。それが単なる社交辞令や布教の常套句だとしても、
何と答えたらよいのか、咄嗟にわからなくなったのだった。

 オウ、ご親切をありがとう、あなた達の来訪は後で彼に話します、と
何とか返した際、大仰にも胸に手を当てていたのは、先の句の心の在り
方、というか向け方に感動していたからだった。
「どういたしまして、英語がお上手ですね」「とんでもない。とにか
く、ご親切をありがとう」「いえ本当ですよ、本当です。よい一日を。
さようなら」「さようなら」
 刈り揃えた項も茹立った二人を見送りながら、自分の中に全く欠けて
いた慣用句、そのユタ州程度に広大な意味を反芻していた。
                      


散文(批評随筆小説等) 黒船 Copyright salco 2011-03-19 23:28:10
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