1935
吉岡ペペロ
きのう遺書を書いて警視庁に集まった僕らは
福島で集結した自衛隊の方々といまそこを出発した
現着し東電社員から教えて貰った知識と図面を目で確かめてゆく
そして爆発の影響を図面に書き込んだメモと照らし合わせた
青い月でも出ているかのような光の中に破壊された建物が浮かんでいる
空手部の顧問から夕べ生きて帰って来いよと肩と腰を抱きしめられた
放射線が強すぎて断念した自衛隊のあとを受け僕らがゆくことになった
砂漠から砂金をさがすのとは逆の行為だった
作戦は砂金を撒いて砂漠をエルドラドにすることに似ていた
だから作戦エルドラドは1935実行に移されたのである