視界を選ぶ
殿岡秀秋
叔父がつくってくれた
平べったい玉子焼きをたべてから
小学校にでかける前に
ぼくは儀式をはじめる
父と母がまだ寝ている四畳半の寝室をすこしあけて
二人の寝姿を視野におさめる
それから目を半分つむりながら
ふりかえってあるく
そのまま玄関まで行こうとする
柱にぶつかるといけないから
両手を前に
杖の代わりにのばす
つまずいて
うっかり眼をあけてしまったときに
視界に叔父がはいってしまう
ことがある
父母の寝室をあけなおすところから
やりなおしていたら遅刻になるから
仕方なくそのまま出かけると
その朝は気分が悪い
小学校へ行くときの
毎朝のぼくの踊りを
おもしろがって
叔父は手を叩いてはやす
なんとか玄関までたどりつき
靴をはくときに眼をあける
そのまま玄関から出ていくと
その朝は気分がいい
嫌いなものは叔父だけではない
重い義務を両肩にしょって
通う小学校も
目にいれたくない
楽しいことは空想の中にしかなかった
その姿を見られたくないので
人がいない庭の
無花果の樹の前に立つ
空想にはいるとき
幹の肌の焦点がぼける
網がかかったスクリーンに
自分が演出する舞台を生みだす
不安から逃れるクスリのように
しばらくの間
自分で作った
ストーリーに酔う
いつまでもそこにとどまれない
現実にもどるときには
頭がぼんやりして
水に濡れたようにからだが重い
目の焦点があって
無花果の実を見つける
自分にもどるときの身震い
見たくないのは自分の姿だったかもしれない
見たくないものは
たくさんあって
目をつむってばかりいては
道もあるけない
大人になってからは
幼い日を想いかえして
自分を見るようなった
追想の中に幼いぼくが動きだす
イメージが広がると
むかし見えていなかったものが
背景から浮かんでくる
母が夜の店に行って家にいないのがさびしかった
人と人とのかかわりにからめとられ
もがいている子をほどいてあげると
空想から覚めて
幼いぼくが微笑む