人形愛護センターにて飛んだよ
一 二
昼休みのことだった
窓を過る影と鈍い音
次の瞬間に聞こえる悲鳴と溜息
今日、同僚が飛んだよ
別に珍しいことじゃなかった
俺はイヤホンをつけていて
隣の席の同僚は耳栓をつけていた
取り乱すのは新入りと外部の人間ばかり
昨日も同じことがあったばかりだ
ここは人形愛護センター
浮浪人形の終の棲家
飽きられて要らなくなった
愛玩人形の焼却場
官営の少女地獄
主人のいない人形は全てここに集められる
保護期間は一週間
しかし迷い人形のみの処遇
主人に持ち込まれた人形は毎週木曜日の処分だ
ケージにみっちり詰めてから
ボタンを数回押す
人形はベルトに乗ってガス室へ直行
空気が抜かれつつ二酸化炭素が注入
苦しみながら
のたうちながら
命が消える
この間およそ15分
ガス室の後は焼却炉で終い
ベルトが流れる先は地獄の釜の蓋
着けばケージの底と共に開く
亡骸は燃え盛る炉の中へ真っ逆様
灰は炉の底から掻き出され
麻袋に詰められ積まれ
トラックの荷台に乗り
今も何処かで埋め立てられている…
この場所で人形は
恐怖に我を忘れ
叫び
暴れた
泣きながら慈悲を乞うた
激しく睨み付け
呪詛の呻きを漏らした
最後には全員が諦めて黙った
去年の殺処分は1898人
返還・譲渡は12人
一日あたり5.2人が死に
0.03人が幸運にも生き残る
彼女達は動物
人ではない
只の動物だ
だが
その姿に
声に
仕草に
そんな考えは根こそぎ剥がれ落ちてしまう
少女と何ら変わりない愛玩人形
絹糸の髪
白磁の肌
宝石の瞳
花弁の唇
どんなに綺麗で愛らしくても
要らなければ処分される
今朝は早速
二人も炉の中に飛んだよ
一人はガスで死に切れず
叫びながら炉の中に身体を打ち付けた
俺と同僚は耳を塞いで
成仏するよう祈った
昨日持ち込まれたその娘の
断末魔の叫びが耳から離れない
飼い主だった男を俺は良く知ってる
「いやあ、生理が来て
ガキ孕む体になっちまったもんで…」
いつものお得意さん…
俺と同じ性癖の男だ
こいつの人形は
ポコポコ子供が産まれる
何故そうなるのかを俺は一切考えない
俺はただ規則に則り殺処分するだけ
少女を
殺し
焼き
灰と塵にするだけ
でも時々
誰かが耐えられなくなるから
誰かが飛ぶ
「ただいま…」
我が家へ帰る
定時後1時間15分の道程
7時半には家に着く
「おかえりなさい」
家には愛玩人形の姿
一人で俺の帰りを
一日中、家から一歩も出ず
夕食を作って待っててくれる
俺は一緒に飯を食い
一緒に風呂に入り
一緒のベッドに入る
瞑目すると浮かぶ
哀れな少女達
その姿と嗚咽に震えながら怯えながら
体温と肉体を貪るうち
俺は睡魔の虜になっていった
意識が途切れる瞬間
誰にでもなく呟く
「今日も同僚が飛んだよ
俺もこのままじゃ
いつか飛んでしまうよ」