空樹
木屋 亞万
空を自由に飛べる鳥をうらやましさで見つめる
羽ばたいても人の腕はむなしく空を切るだけ
風をつかめる羽根がこの手にもあったなら
自転車を両手放しで疾走する、コートの袖ははためいている
天を仰いで目を閉じたとき自転車が街路樹に激突した
手の平と膝を擦りむいて
傷の痛みではなく、惨めさで涙が滲んだ
息が浅くなり始め、耳が熱くなってきた
もうだめだと脱力したときに、声が出た
我慢せずに泣いたら、こんな声が出るのかと思った
街路樹が並ぶ車道
ライトをつけた車の列と、家路を急ぐ人の足
下を向いて泣いて、息を吸うときだけ顔を空に向ける
涙で街灯の光が放射状の線を描き滲む
不思議と誰も立ち止まらない
自転車の後輪がゆっくりと空回るだけ
前向きなことだけ話、自信に満ち溢れていて
いつも笑顔で、何も怖くない、余計なことは考えない
決断力があり、苦しくても粘り強く耐え抜く
そんな人間であれたら良かったのに
丸めた背中がしゃっくりの度に揺れて
鼻をツンと淋しさが抜けていく
過ぎた呼吸が苦しくなって、手足が痺れていく
顔を上げたら、木の葉が揺れた
風だったのかもしれない
何か滑らかなものが頬を撫でた
いくつもいくつも
それは空から舞い降りた
透明な樹木だったかもしれない
風の尻尾の毛先だったかもしれない
もう死んでしまった人の優しい手の平だったかもしれない
深くひとつ息を吐いて
自転車を起こしたら、手で押しながらトボトボと歩く
誰の言葉も届かないかもしれない時に
欲しいのはやさしく触れてくれる何かで
そんなものが奇跡的に現れるのは物語の中だけ
だからせめて誰の目も気にせずに泣こう
流れ出る涙は止めずに好きなだけ吐き出せばいい
そして疲れたらほんの少し微笑んで目を閉じる
自分の中の濁った部分は涙と一緒に流れ出たのだ
今はもう飛べるほど軽い
くたびれた空っぽのリュックサックのような心で
明日は何かやわらかい荷物が背負えたらいいなと思う