花瓶越しの雪ざらめ
関口 ベティ
別に何かを求めて彼といる訳ではないのだ。
コルツのどろり甘い煙がすでに雲掛かった部屋へ愛と共に吐き出される、白い幻影。
吐精の済んだ男は深いため息をついてさっさと私に背を向けている。
「豆電落として。寝れないから」
言われるままに明かりを伏せて、ついでに己の股ぐらを覗く。
雪明かりにもてらてらと汚いばかりで、そこに営みの神秘性だけが綺麗に欠落していた。
どれだけ猛ろうと彼に子種はない。
その安堵と拭いようのない寂しさを踏みつけるように、私は彼を喰らい続けてきた。
そしてこの十年来、彼は一度たりと私を見ない。
星のような黒い瞳をしていらいらと欲をぶつけたあと、やり場の無い悲しみをでも抱いた子供よろしく大きなうさぎのぬいぐるみを枕代わりにそっぽを向いてふて寝するのだ。
そんなときはいつも窓辺に置いた果物を残らず絞り上げて飲み干したい欲求に駆られる。乾いて乾いてひび割れた指先が'あなた'という妄想を辿ってはひどく燃え上がった。
「愛や恋で詞は書けないよね」
彼は何かにつけて、そうちゃちを入れた。
昨日煮た金柑は瓶に詰めて職場へ配ってしまった。
かわいいピンクのラッピングを施した13個の金色達が、うわべか本音か知る必要のない人間にとりあえず愛でられて連れて行かれる廊下の風景。
小分けにした袋から飛び出した螺旋状のリボンが、所在なさげにわたしを見送っていたのを思い出す。
見返りを期待しない情関係というのは、ジャムに似ている。
開けてしまえば華と甘やかに薫り、しかし夢の中にも確実に腐ってゆく。
そんな彼との時間が、私は途方もなく好きだった。
金柑のようにふくりと丸く、弱々しくも切実な求愛の仕草が、好きだった。