110305
よろしくお願いいたします
それではこれで失礼いたします
あたまをぺこりと下げ
先輩の部屋をあとにする
訪問するときは
緊張でなにも目に入らなかったが
あたりを見渡すと
殺風景な裏庭にも小綬鶏が巣作りできる程の草むらがあり
野良猫が手ぐすねを引き
のんびり飛来する小綬鶏を捕まえようとしているようだ
むろん
よほどうぶな若鶏以外は猫の潜んでいるのが分かるから
猫の頭上を挑発的に飛来しては
線路の向こう側のほとんど荒れ地化した休耕田に向かう
小綬鶏のことはよく分からないが
挑発され続けている猫の中には隣家のマレビトも混ざっていて
ほとんど野良化しているみたいだ
彼の宇宙は日々膨張してゆくようで
鬚はピンと張り男前も格段と良くなってきた
家猫にしておくのが惜しいとはグループ内の噂
好人物の先輩が行方不明になって久しい
朦朧とした雰囲気のままに蹌踉と歩んでいるのにプラットホームで出合ったことがあり
文学修行のための
転地かと楽観視していたのだが
先日崖から転落したとの情報が伝わる
長期間
谷底の草むらに紛れていたので誰も気がつかなかったのだ
突然の訃報に慌てて駆けつけたが
部屋は取り壊されて瀟洒な一軒家となっており
日当たりの良い庭に面したテラスには
幼児用プールや滑り台が置かれ
先輩の気配は全く残っていない
無論猫は追い出されたのか
一匹も姿を見せない
線路の向こう側も
こじんまりした団地となり
子供たちの歓声は聞こえるのだが
小綬鶏の姿はなかった
隠れる草むらも無くなり
わざわざ飛来する必要もなくなり
何処か別の営巣地を見つけたのだろう
推測ばかりで申し訳ないが
先輩が姿を消して以来
訪れたこともなく
周辺がすっかり変わっていて
当時のことを知っている人も居なくなり
心安くしていた
事情通の隣家の人も引っ越しして久しく
猫のグループも自然消滅して
こじんまりとしているが
無個性で殺風景な景色が延々と駅まで続いている
自転車で5分ほどのところに交番があるが
警察官は定期的に移動するから
当時のことは事件性が無い限り記録されていないだろうな
その近くにある古くからの小学校にでも行けばなにか知っている教職員が残っているかも知れないが
日当たりが良いだけでどこにでも見られる休耕田の内部ことなど気にもとめなかっただろうから
訪れても迷惑だけだろうと思う
それでなくても
ふだんから虐められたの虐めたのだののクラス内の噂に踊らされていて
例え小綬鶏とはいえその個人情報は開示してくれないだろう
それでなくとも鳥インフルエンザが蔓延している今日
鶏舎の前はガードを固めて猫の子はおろか鼠一匹入れさせない体勢を取っているはずだ
父母でも卒業生でも関係者でもなければ報道でもない
近隣の住民でもなく公安でも教育委員会でも文科省関係者でもない先輩は
さぞかし居心地が悪かったであろうと
改めて
緊張して初めて部屋を訪問したときのきちんとした佇まいを思いだしている
「poenique」の「即興ゴルコンダ」投稿作。
タイトルは、小川 葉さん。