暗い道端で
砂木

おい いくらだ

会社帰りのバス停で 偶然会った女友達と
ご飯を食べて帰ろうという話しになり

田舎から上京して道もよくわからなかったが
あまり混んでいない小さなお店で食事を楽しみ
会計をすませて 友達より先に道端に立つと
暗がりからいきなり表れた男が真正面で言った

はっ? と意味がわからずにいると
やってるんだろう と語気を荒げた

何を? と 問い返そうと思った私の右手を
すぐ近くにいた女友達が ぐっと握って走った
何がおこったのかすぐにはわからなかった私も
走って逃げながら 段々とわかってきた

あの男 私を買おうとした 
週刊誌やテレビでしかみたことがなかった
そんな事があるのは特殊な事で
会社帰りの普通の格好の地味な女に
突如として訪れる危機だとは考えもしてなかった

悔しい 人を馬鹿にして
しだいにこみ上げてくる怒りと恐怖
女友達は何も言わなかったけれど
彼女がいなければ 都会の暗がりで
どうなっていたかわからない

女友達のお陰で 何事もなくすんだが
帰郷しても 家族には言えなかった
ただ暗い道に一人少しの間立っただけでも
まるで私が誘ったように親に見られたら
どうしたらいいかわからなかった
そんな事はしていないのに言えなかった
笑い話にできるようになったのは 年をとってから

会社の人達が 道を一本間違えると
とんでもない通りにでるから 間違えないようにと
田舎者に親切に教えてくれていたのに
言われている意味も危険もわかっていなかった

あの男 あれからどうしたのか
歓楽街で適当に遊んで
通りすがりに声をかけた女の事など
いちいち覚えていないだろう
口に出して言ってしまえば
なんだそれくらいの事でと思われるが

寮の部屋でロッカーの扉につかまって
ぶざまに震えていた 世慣れない
田舎女がまだ 憎んでいる



自由詩 暗い道端で Copyright 砂木 2011-03-06 14:22:03
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