salco

その少年が死なねばならぬ 理由はどこにも無かった
夜明けの遅い南西の島の窪み
降霜を知らぬ灰白色の谷間
その通い慣れた道を
生まれ育った町から一歩たりとも出ぬ内に
その少年が死なねばならぬ 理由は頭上まで満ちていた

コンクリートの巣の中で人間達は眠っていた
この 何をも掴み切れぬ細い指をした少年の事なぞ
知る筈もない人間達は
また 知っていると思い込んでいた数少ない家族も
水銀灯の朧に照らす夜の海底にただ一人
影さえ残さず出て行った少年の事をなど

誰もが眼前に少年の溺れているのを見なかった
そのまぶしく灼けた皮膚さえ鎧たり得ぬ事に絶望し
蒼い骨の中 舟影も光も見出せず
もがいている落伍者の窒息を
家を建て 部屋や書籍を買い与えた父母さえも
色褪せた明日という拷問しか用意してやれない

可愛がり 愛しているとさえ錯覚している者達は
訪い来るたび果てしないお喋りに神経の壊疽を養い
ひっそりと片隅で背を向けている少年の
手足を奪われつつある姿にも気付かず
発語先の無い 封印の異国語に耳をそばだてようとは
誰一人 決してしなかった

こうして少年は
静まり返った冬の道を誰にも知られず歩いて行く
誰もが眠っていたのだ 魔法にかかったように
ぐっすりと 日常の続きに身を委ね
うっすらと 土色の繭の中で口を開け
黒い森の下 死んだ嬰児のように安堵し切って

スニーカーに足を入れ ドアを開けて鍵を閉め
ポーチで尾を振る犬の頭を撫でると
未明の短い道を振り返りもせず
少年は歩いて行った
その日から太陽を目にする事も無く
見上げる甲斐も無いほどの その小さな屋上へ


自由詩Copyright salco 2011-03-04 00:28:23
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